「他人の顔」は安部公房の1964年の小説を1966年に映画化したもので、脚本も安部公房が担当。原作と映画はラストなどが異なる。英語の題は「The Face of Another」で、ネットの検索は英語の題で行うと動画などが見つかりやすい。なお、映画の予告編(Trailer)は結末がわかってしまうシーンが複数入っているので、映画を見る前には視聴しないことを勧める。
液体窒素の事故で顔面を損傷した男(仲代達也)が、精神科医(平幹次郎)の作った皮膚同然の「仮面」をつけることによって、包帯をはずして今までとは違う顔の人間として行動する話。本作には、長崎原爆で顔面の右半分に重度の瘢痕のある女(入江美樹、1968年に小澤征爾と結婚)が、もう一人の顔に傷のある人物として描かれる。
仮面をつけることにより、誰でもなくなり透明人間のようになり自由に行動できたときに、人はどのような行動をとるか、が問われている。精神科医の平幹次郎は、人口仮面が大量生産されたときの世界を次のように想像し、「自由に取り外しのきく顔、親もなければ兄弟もない。味方もいないかわりに敵もいない世界。犯人というものが存在しないんだから、当然犯罪もなくなるわけだ。そんなありあまる自由の中でなら、あらためて自由を求めたりする必要もないわけでしょ」と語る。一見理想の社会で、悪いことは何もないかのようであるが、これに対し、仲代が妻への復讐を考えていることを知ると、平の表情が陰る。
インターネットとSNSにより、現代では自分の名前と顔を明らかにせずに、他人を中傷したり、時にはそのことで死に追いやったりするケースがある。いわば透明人間の犯罪であり、本作の仮面の男の状況に類似する。「仮面」=「SNS」と考えると、本作のメッセージは、現代になって、より強い現実的な意味を持つものとなった。本作は、海外では、以前は、あり得ない設定として評価が低かったが、近年になって評価は高いのも、こうした心理的背景が視聴者にあるためかもしれない。
本作では、その他の共演者も素晴らしく、妖艶な京マチ子、謎めいた岸田今日子と市原悦子、安部公房原作の他作品にも出演のある岡田英次、田中邦衛と井川比佐志。監督は勅使河原宏で、音楽は武満徹。安倍公房と武満徹はカメオで出演している。