茶一郎

ヒストリー・オブ・バイオレンスの茶一郎のレビュー・感想・評価

4.4
 「ナめてたお父さんが実は殺人マシーンでした」映画という設定ながら、今作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は、クローネンバーグが「暴力映画」を撮ったら「暴力についての映画」になったという代物。冒頭、一見何の変哲もない日常を映した長回しのショットは、鮮烈な「暴力」の結果により一気にぶち壊されます。

 アメリカ・インディアナ州の田舎町で小さなレストラン(ダイナー)を経営しているトム・ストール(ヴィゴ・モーテンセン)は、高校生の息子に「絶対に物事を暴力で解決するな」と教える優しい父親、その息子と妻と幼い娘と穏やかな生活を暮らしていました。
 ある日、トムの経営するダイナーに強盗2人が来ます。従業員を人質に取り「殺すぞ!」と脅す強盗を、トムは冷静に強盗の持っていた銃を奪い取り返り討ちに。画面には「流石、クローネンバーグ」と言った具合の顔面・人体破壊描写、人は銃を撃たれると赤い体液がドロっと出て確かに死ぬということを見せつけます。
 結果として、「強盗を退治した勇敢な男」としてトムはマスコミなどで称賛されますが、あれほどの「暴力」の結果を見せつけられた観客としては、悪への対抗とは言え暴力をした男が褒め称えられる構図に違和感を覚えます。この強盗逆襲事件をきっかけに、トムの「暴力の記録」(ヒストリー・オブ・バイオレンス)と言うべき過去が明らかになっていきました。

 監督デビューから一貫して「精神と肉体の変異」を描いてきたクローネンバーグでしたが、今作から日常における「暴力」が「肉体」と「精神」に及ぼす変異の結果を今作、そして次作『イースタン・プロミス』と模索していきます。一見は優しい父親が「暴力」によって他人の肉体を破壊し、そしてその父親の過去の暴力が明らかにあると、次第に父親、またその家族の精神へと影響を及ぼしていく。
 今作における父親トムは実に、イラク戦争からアメリカに帰った父親たち・男たちを分かりやすく象徴していると言えました。過去に戦場で「暴力」によって沢山の人を殺害しているにも関わらず、世間には称賛されるという構図。この他所から見ると違和感しかない状況で、その家族は父親を、父の暴力の記録を平然と受け入れざるを得ないのです。
 今作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は、他国に戦争を仕掛け続けていたアメリカの歴史そのものであり、今作が迎える違和感しか無い恐怖のラストは現在もなお、多くの家族の中で平然と行われ続けていることなのかもしれません。
茶一郎

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