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ヒストリー・オブ・バイオレンスのpanpieのレビュー・感想・評価

4.5
舞台はアメリカ・インディアナ州の田舎町。
インディアナ州は五大湖の1つミシガン湖のあるミシガン州に隣接するアメリカ中西部に位置する州である。
そこでダイナーを営んでいるトム・ストールは弁護士の妻エディ、高校生の息子ジャックとまだ幼いサラと家族4人で慎ましくも幸せに暮らしていた。
そんなある日閉店時間に2人の男が現れる。
閉店を告げてもコーヒーとパイを出せと強硬に声を荒らげる2人は東部で殺人を繰り返してきた悪党で金がなくなり偶然にトムの店に現れたのだ。
2人のただならない様子にトムは従業員のシャーロットを先に返そうとした矢先若い方の男がシャーロットを殺そうと襲いかかる。
年長の男がトムや悲鳴をあげる客の若い女の子に銃を向けた時素早い身のこなしで男に熱いコーヒーをかけてサーバーで顔を殴り怯んだ隙に落とした銃を取りシャーロットを撃ち殺そうとしている若い男の胸に容赦なく3発立て続けに撃つと銃を落とした男が足首に忍ばせていたナイフを抜きトムの足の甲に突き立てた。
トムは悲鳴をあげるも躊躇なく頭に1発浴びせ男を撃ち殺した。
そして3発撃ち込んだ男が死んだか振り返って確認する冷静さ。
突発的に起こった出来事をその場にいた面々は凍りつくも荒い息をしてこのピンチを切り抜けたヒーローであるトムに感謝の眼差しとトムの素早い身のこなしに驚きつつ見つめる。
トムはそんな皆の視線に困惑して銃を見つめる。

瞬く間に町のヒーローとなり病院で手当てをしててもらって家族で出てきたトムを町の人々が取り囲み拍手が起こる。
真夜中にも関わらず自宅に張り込んでいるレポーターにもトムは言葉少なげだ。
小さな町に起きた事件に連日マスコミも詰め掛け新聞にも顔が載る程の大きな扱いだ。
困惑気味のトムとは裏腹にエディもジャックも嬉しそうだ。

そんなある日連日のマスコミ報道で大賑わいのトムのダイナーに見かけない黒服にサングラスの男を含め厳つい男3人が来店する。
トムにこんな美味いコーヒーはフィラデルフィアでは飲めないと褒め「知ってるよな?」と意味ありげに話しかけトムを何度もジョーイと呼ぶ。

保安官のサムによるとダイナーに来た男はチャールズ・ロアークとフランク・マリガンという札付きの悪党でどちらも殺人で起訴されたり暴力事件も何十件も起こしている東海岸の犯罪組織のボス、カール・フォガティの手下だった。
左目が白濁し左の目の上から下まで皮膚が引きつれていて醜い傷跡を残していたあの男こそカール・フォガティその人だったのだ。
フォガティが間違えたジョーイ・キューザックは調べても何も出てこなかったがその兄のリッチー・キューザックはフィラデルフィアの犯罪組織を仕切っているこちらも悪党らしい。
そんな男の弟に間違えられたのだ。
サムはこの普段静かな町に突然舞い込んで来た恐ろしい事件からトムに言い辛そうに「証人保護プログラムに登録してないか」と聞く。
トムは笑って「違う」と答えるが何故か歯切れが悪い。

嫌な予感は的中した。
その後もフォガティはトムや家族の周りに何度も現れトムも家族も身の危険を感じ始める。
神経質になった矢先フォガティがトムの自宅へ現れた!



96分という短さに一切無駄なシーンがなく引き込まれて珍しく一気見してしまった。
仕事に遅刻しそうになったのは言うまでもありません。笑
クローネンバーグの初期作品にかつて観た私の好きな完璧さを思い出した。
初期の頃の何作かは貪るように観たのだけど「ビデオドローム」以降に観たのは「マップトゥザスターズ」で観た時の記憶が何じゃこりゃ?だったのでまた暫く離れてしまっていた。
意味不明だったので改めて観直してみたい。

これはFilmarks を始めてからレビューで知った作品でずっと前からClip していたもののなかなか観る事が出来なかったのだけど観て虜となって暫く私の心は震えた。
人には知られたくない過去が誰にでも多かれ少なかれあるとは思うがこの想像を絶する夫の過去を知った妻の苦悩は計り知れない。
息子が高校生だからもしデキ婚だとしても結婚生活は15〜18年間あった訳でその間過去の恐ろしい自分を封印して普通の男の平凡な幸せな暮らしを知って男はとてつもなく幸せを噛み締めていた事だろう。
恐らくアメリカ全土の新聞で顔写真入りの記事、あるいはTVニュースで取り上げられて宿敵カール・フォガティと実兄リッチー・キューザックの知るところとなる。

エド・ハリス演じるカール・フォガティはジョーイによって有刺鉄線で片目を失う程半殺しにされた。
ジョーイ役のヴィゴ・モーテンセンも大学生時代に泥酔し顔から有刺鉄線に倒れ込み今でも顔に跡が残る程の大怪我を負ったそうだ。
そのエピソードを彷彿とさせる。
脱線だがその時ハロウィンパーティの仮装をしていたそうでデヴィッド・ボウイのアラジンセインの衣装のままで倒れこみ緊急手術では麻酔が要らないほど泥酔していたらしい。
ヴィゴ・モーテンセンはあの刺す様な視線が既にそちらのスジの人の様で違和感なく鮮やかにまさに秒殺する姿は美しいとさえ思った。
やばい!
ジョン・ウィックが霞む!汗
悪役のエド・ハリスもウィリアム・ハートも貫禄の演技で本当に素晴らしかった。

息子のジャックが高校でスポ根脳筋男2人にいじめられていたのに悪党を殺した英雄の父とヘタレの息子と脳筋にバカにされ比較された事からある意味ジャックに初めて火をつけてしまい殴る蹴るで相手をのしてしまう。
ジャックにも天性の殺しの血が受け継がれているとでも言う様に。

トムの妻エディは10代で夫に出会えなかった事を嘆きチアリーダーの格好をして2人は束の間10代に戻ってのセックスを楽しむがトムがジョーイであると分かってからの階段での荒々しいセックスは始めレイプと思っていた。
2度目に観た時にエディがトムの頭を引き寄せキスをして始まったセックスはレイプではなかった事になる。
事の後改めて夫を見つめトムではなくジョーイに見えた途端にのしかかっているトムを蹴飛ばし階下へ突き落とし身を翻して2階へ階段を上る姿に憎しみが募っている。
まだ許せない。
息を飲むシーン。
マリア・ベロは「ライトオフ」の取り憑かれた母親役や「プリズナーズ」ではヒュー・ジャックマンの妻を演じていて綺麗な人というよりどこか影のある疲れた女性のイメージがついていたので今よりかなり若い彼女の体を張った演技に驚いた。

10代に戻って愛し合った後にトムがエディの視線で愛を送っていると確信したという台詞がある。

「君の愛に気づいた瞬間があった。
目が語っていた。
今も同じだ。」
「もちろんよ。
愛してるもの。」
「こんな幸運な男はいない。」
「あなたが最高だからよ。
運じゃない。」

そこを受けてのあのラストのなかなか顔を上げなかったエディが顔を上げ涙を溜めてトムを見つめる真っ直ぐな視線に釘付けになった。
対してトムも溢れる涙そのままに瞬きもせずエディを見つめる。
そして唐突にエンドロールを迎える。
ラストは皆さんはどう受け取っただろうか。
あの家族は再生する事が出来たかは分からないが私は少なくともエディはトムをジョーイも含めて受け入れたんだと信じている。
過去に犯した罪を含めてトムを愛する力が優った瞬間だった。
涙が溢れて止まらなかった。


ヴィゴ様に心の深い所まで杭を打たれた感じ。
自分がね、殺し屋ではないのだけど(当たり前じゃ〜!)幸せからの転落具合がなんか理解出来ると言うかね、トムの立場で考えて分かると言うか、家族から否定されてのラストに喜んでいいのか受け入れられたのか。
トムはジョーイを封印してこれから先今までのトムに戻れるのか、謎を残して終わる。
あとはエディの力量で決まるなんて簡単に言って欲しくない。
また凄い作品に出会ってしまった。
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