つのつの

ヒストリー・オブ・バイオレンスのつのつののレビュー・感想・評価

4.1
クローネンバーグの作家性を一言で表すなら「人間の実態」だと思う。
時に凄まじい特殊効果で
時にゾッとするほど絶望的なドラマで、クローネンバーグは人間の内面的・外面的な意味での"実態"を描いてきた。
クローネンバーグ映画では人間の進化=変容が描かれるが、その描写が気味が悪いほど緻密なのはその実態に沿って描こうとしているからである。
本作はそのテーマが、バイオレンスジャンルムービーに置き換えて語られる。
つまり、人間の実態としてその「暴力性」に真正面からアプローチしようとした作品なのだ。

ヴィゴモーテンセン演じる主人公
トムストールは平凡なマイホームパパに扮して生きていたが、ある日突然暴力マシーンとしての過去を暴かれる。
コーヒーショップを襲いに来た暴漢やかつて行動を共にしたマフィアと対決するシーンのクローネンバーグの演出は非常にグロテスクだ。
至近距離から放たれた銃弾はどうやって人間の頭部を破壊するかを容赦なく描く。まさに人間の生態の"実態"と、こんな野蛮なことをする暴力装置としての"実態"だ。
従来のクローネンバーグ映画の主人公と同じくトムは、自分の予期していた人生を狂わされる。
彼が直面する「暴力マシーンからまともな人間になれるのか」という問いは、まさしく人間は蠅人間になれるのか、人間は超能力者として生きられるのかというクローネンバーグ映画で繰り返し描かれた「進化」のイメージだ。

しかし本作が傑作なのは、人間の実態を露悪的な暴力描写のみで描かない点にある。
トムの妻、息子の実態すらも本作は突き詰めている。
愛する人がある日突然それまでは全く見せていない顔を露わにしたら?
表面上は「恐れ」や「嫌悪」を表す家族だが、その背後には「好奇」や「憧れ」が見える。
息子は父親の活躍を知ってからいじめっ子に反逆する。
そして妻は殺人者である夫に強く惹かれてしまう。
階段での2人のラブシーンは序盤のチアリーディングプレイと見事に対をなす。
いかにもアメリカ的な強さ、美しさの裏にある野蛮を弄んでいたはずの2人は、
実際にトムの過去が暴かれその野蛮に慄きながらも思わず欲情し再び体を重ねる。
暴力はいけないと思ってたはずの人間の実態を、気持ち悪いほど「リアル」で無漂白なセックスシーンで描くのはクローネンバーグにしか出来ない芸当だ。

嫌という程人間の醜い実態を見せつけられた本作の家族が、唯一希望を見出すのは子供の存在である。
暴力装置トムを最初に受け入れるのは幼い娘だ。
娘の赦しを得て目に涙を溜めながら食卓に着くヴィゴモーテンセンの演技はとても感動的だが、
それでもこのラストシーンに一抹の不安が残るのは、ここにもまた「暴力は恐ろしい」という一般的な概念は持っているはずの家族が愛する人だからという理由だけでトムを受け入れる点にある。
結局のところ人間は信じたいものしか信じないという"実態"を見据えるクローネンバーグの視線は、どんなバイオレンスシーンよりも強烈で冷徹だった。
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