JIZE

SUPER 8/スーパーエイトのJIZEのレビュー・感想・評価

SUPER 8/スーパーエイト(2011年製作の映画)
3.0
巨匠スピルバーグ愛に満ちた自主製作映画を通じ電車事故を目撃した8ミリ少年達の果敢な冒険SF映画!!子供側の熱狂的な夢を追う郷愁感を賞賛!!大人側の平坦な役不足感を指摘!!この映画,当時は友人と公開時に(劇場に)足を運び『グーニーズ(1985年)』的な冒険を通じ友情が育まれ成長を遂げるお気楽映画だと当時は童心ながら憶測を膨らませ興奮気味に観た記憶がある。なので,今回は2度目の監視。また,年末に"あの映画"公開が控えるJ・J・エイブラムス作品もここで扱うのは(意外にもと言うべき)か初。まず本作の善良点を列挙。1番劇中の演出で感動した部分が未確認生物の撮り方(演出)で,俯瞰的に形姿が見えそうで見えないor事態の進行度が映像からは読み取れない不穏な演出。要は間接的な遮蔽物で残虐感を限界まで抑圧しモロに敵大元の形姿を魅せない蒸気を脱す異常な雰囲気は『クローバーフィールド(2008年)』調or『ジュラシックパーク(1993年)』調な恐怖を暗喩し想像力を観客側に掻き立てる演出だと思えた。また主人公ジョーとエル・ファニング演じるアリス周りで,男女間の独特な揺れ動く距離感or機微感も純愛風に胸打つ場面多くorゾンビ映画の製作を通じ友達同士の戯けあって童心を甦らすガキ同士の郷愁感もフレッシュな演出を効かせ見事。トキメキ感の哀愁感が10代視点で全編描いてる分,スピルバーグ印やSF効果も相乗的に効き蒼い"雰囲気"は最高に楽しめる映画であった。

概要。スティーヴン・スピルバーグが製作を務めJ・J・エイブラムスがメガホンを取ったSF大作。物語は自主制作映画の撮影中に偶然電車事故を目撃した少年少女たちが巻き込まれる国家規模のある騒動とそれを通じて成長する主人公の心の機微を描く。主演はほぼ無名のジョエル・コートニー。ヒロインは『マッド・ガンズ(2014年)』のエル・ファニング。また本作はスピルバーグの『未知との遭遇』や『E.T.』などSF映画に対するオマージュが多数見られトリビュート(尊敬)的な位置付けの作品である。

では本作結論を申せば,こういう事だと思う。要は,背景で勃発している大規模な災害や未確認生命体の不穏さ禍々しさなど事態の深刻さが段階的に勢いを増す一方で,人物たちが織り成す割と長続きする言動の縮小化された蛇足感..一言で申せば脚本の進行させ方だろうか。繰り返し申せば事態の深刻さに対し画角内で起こっている事自体は偉大かつ極限状況な死と隣り合わせな状態に人物たちが立たされる一方,やってる事や言ってる事の整合性が取れない不釣り合いな違和感が本作は1番の敗因なのかなと思う。日常の郷愁感を最後まで引っ張り過ぎた故に及第点の置き場をミスり全体像の台無し感が明確に伺えた。短編的な小話が数珠繋ぎに解され核部分に直結する手法も不明瞭で真の具体化に集約されるダイナミズムな構成は活かせてないなと思いました。だから尺111分設定も腑に落とす及第点が散乱し過ぎて骨格のボヤけた抜け切らない感じは敗因だと思いました。製作にスピルバーグが担当しなければ『ミスト』的な皮肉感も含ませ劇的にテーマ性の掘り下げも自由に出来たんじゃないかと思えた。例えればこの映画を観る前の先入観が忠実に実現された事に感動し,その感動が111分間にも及び長続きしそのトーンで永遠に毛色が処理され意外性や裏切り要素のシニカルな演出が私的にも物足りなく表面的な子供側の大冒険活劇!!感を潤に堪能する甘く見積もりプラマイ0な(結果的には)映画かな。特にクライマックス最後の人類側とアイツが平行線上で対峙し難無く事無きを得る未整理感や主役が安全区域に居る事で観客側に先読みを安易させる踏み込み不足感,感動の配し方も感情移入できなかった。最後も観客に希望を与え過ぎましたかね...どうでもいい方向に物語が転じたので最後は退屈で寝かけた。あと街を襲われた結果,被害者数の割にあの終幕は実に不謹慎ではないか....など。

結局は怪獣側の姿形を断片的にしか終盤まで見せない事態の深刻さに拍車が掛かる不穏な緊迫度,子供側の『グーニーズ』的な8ミリフィルムで自主制作映画を通じ戯れ夢を追う思春期特有な青春ごっこ,超現実な日常が子供側の視点で危ぶみ危険度を帯びるEASYな極限状況感を郷愁感に浸りJ・J・エイブラムス作品と釘打ち感じ取る手段ではお勧めなのかな。列車が衝突し平穏な日常に不穏な影が差す序盤が1番楽しめましたかね。胸熱な映画ではあるので監督のフィルモグラフィを並べ作品を予習する手段では是非。