ひでやん

シテール島への船出のひでやんのレビュー・感想・評価

シテール島への船出(1983年製作の映画)
4.1
亡霊となったかつての闘士。

主役を探していた映画監督がラベンダー売りの老人と出会い、彼の後を追うのだが、見失ったその老人が帰国する父として現れるのでややこしい。父の物語と映画製作の二重構造というべきか、現実と虚構の入れ子構造というべきか、とにかく複雑に展開。

ギリシャ内戦でソ連に亡命した父親が32年ぶりに帰国する。守った土地は売り渡され、信じたイデオロギーは激動の時代に取り残され、居場所を失うかつての闘士。腐ったリンゴは祖国か己か…。

そびえ立つ一本の木と、その脇を歩く孤高の老人。村人の声は彼には届かず、彼の声もまた然り。心通わぬ時代の中で、未だ変わらぬ口笛だけが互いを繋ぐ。行き場のない雲天と霧の白き世界で、孤独な心に寄り添う静かな愛。

緩やかなズームアウトとカメラの360度移動、そしてノーカットの長回しで見つめ続ける悲哀に満ちた男の姿。村から、時代から、国から追放された父と、そんな父に振り回されながらも追いかける息子。32年間という空白が生んだ心の距離は一向に縮まらず、近くて遠い父と息子。

変わった祖国が悪いのか、変わらぬ男が悪いのか。追放するギリシャと拒否するソ連、その間で浮き桟橋がゆらゆら揺れて立ち往生。どこでもない場所から、ここではないどこかへ向かうラストが心に残る。朝霧の海へと旅立つ夫婦、その先に理想郷があると信じて…。
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