ばーとん

信子のばーとんのレビュー・感想・評価

信子(1940年製作の映画)
4.4
トレンチコートでハットを被り大きなスーツケースを抱えた(まるで女優のような)モダンな女性が、下町の置屋を訪れるという冒頭シーンのインパクト。このモダンガールが上京してきたばかりの方言丸出しの田舎娘だと言うのだから気が効いている。普通ならいかにも田舎者の風体にするところだが、あえて逆転させる。着物の芸妓と洋装のモガ、新旧の女性像を映像でわかりやすく対比させていて、これが女性映画であることを予言する。

田舎モダンのフェミニスト信子が、女学校の悪弊を打破すべく戦う物語で、学園モノの雛型のようなテイストだが、この学園ストーリーにわざわざ芸妓を登場させているのが面白い。新しい思想と古い伝統の共存を謳っている。戦後の「青い山脈」みたいな徹底した改革思想はここにはない。

この映画、ほとんど女性しか出演していなくて、かろうじて登場する男性は、寮に侵入する泥棒と、ハイキングですれ違う行者くらいなので、これはいよいよ本格的な女性映画だと思いながら見ていたら、最後の最後に登場して、すべての問題を解決するのが、有力者である生徒の父親、というのが笑ってしまった。これは意地の悪い清水のユーモアか。

劇中、行方が分からなくなった生徒を大声で探し続けるシーンが二度あって、時間にして計約5分、映画的に明らかに長すぎるんだけど、これが最高。「細川さーん」「細川さーん」「エイコさーん」「エイコさーん」と、生徒たちが叫ぶ声がずっと続く。彼女たちの声が、森林に、校内に、響き渡る。同じ言葉を何度も反復させる演出を清水はよくやるが、このシーンにも夢のような陶酔感があって心地良いし、同時に少し不気味ですらある。清水演出の真骨頂。映画が終わっても「エイコさーん」がしばらく耳に残っていた。クライマックスで、エイコ、信子、エイコの父、と3人立て続けに長演説ぶちかますのはいただけないが、総じて爽やかなストーリーと魅惑的な映像が堪能できる快作。

ところで信子が転任してきて教師に挨拶して廻る際、松原という音楽教師にだけ「よく存じあげてますわ」と、高峰美枝子が何故か知っている風なことを言うんだけど、これは音楽教師役が女優ではなく、当時の流行歌手ミス・コロムビアこと松原操が演じているために、ファンサービスの意味でのメタ的なセリフなのだろう。高峰美枝子もまた当時の人気歌手でもあったので二人は顔見知りだったのかも。
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