チェンジリングの作品情報・感想・評価

「チェンジリング」に投稿された感想・評価

netfilms

netfilmsの感想・評価

4.8
 1928年ロサンゼルス、大恐慌目前のアメリカ、路面電車が走る通りの脇に立つ閑静な平屋。部屋の目覚ましが6時半に鳴ると、クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)はゆっくりと起き上がり、静かにカーテンを開ける。差し込む朝の光の中、ラジオから流れてくるジャズのリズムに乗せて、クリスティンはもう10分寝かせてと愚図る愛する息子ウォルター(ガトリン・グリフィス)を起こす。母親は廊下の柱に書かれた息子の身長の目盛りを記入しながら、その成長に目を丸くする。冷たいシリアルを食べさせ、9歳の息子を小学校に送った後、路面電車に乗る。彼女は電話交換手の主任として忙しく働きながら、女手1つでウォルターを懸命に育てている。『許されざる者』以降のイーストウッドに顕著なように、ここでも両親は揃わない。その日の帰り道、父親がいないことをからかわれたウォルター少年は、ついカッとなってその子を殴ってしまったことを母親に懺悔する。母子は一貫して父性の不在を抱えている。ようやく出来た休暇、母親は息子とチャップリンの映画を観る約束をする。だが翌日、部下に急病が出たという職場からの連絡を受け、4時までならという約束で渋々応じる。帰り際、そそくさと職場を出るクリスティンの前に、上司が昇進の話を持ちかける。また月曜日に話しましょうと受け流し足早に駆けて行くが、路面電車はすんでのところで出て行ってしまう。家の前の通りを足早に歩きながら、ウォルターの待つ家に一目散に帰る母親の姿。しかし最愛の息子ウォルターは忽然と姿を消してしまう。

母親に映画の約束をすっぽかされたウォルター少年の表情は、『ミスティック・リバー』で父親の不在が頭から離れず、不安げな表情を浮かべたマイケル・ボイル少年(ケイデン・ボイド)によく似ている。実際、そそくさと職場に向かうために部屋を出た母親が振り返った時、ウォルター少年の表情はどことなく寂しく、まるで今生の別れを惜しむかのように窓越しにすくっと立っている。この様子は『パーフェクト・ワールド』において、ハロウィン・パーティを寂しげに見つめるフィリップ少年(T・J・ローサー)にも近い。イーストウッド映画において、子供たちはしばしば父親の不在を抱えながら、残酷な運命に呑み込まれる。そんなこととは夢にも思わずに、母親は早退して路面電車に乗ろうとする。人々の歩幅、道路を走る車、けたたましいベルが鳴る中を、ローラー・スケートで滑る彼女の優雅なリズム。それに初めて抗う印象的な場面だが、臙脂色の路面電車は彼女の視線に気付かないまま、ゆっくりと過ぎ去ってゆく。もう1本遅れて列車に乗った後、母親の挙動は自然と足早になる。イーストウッドのフレーム設計は、彼女の不安げな表情と、明かりのつかない無人の窓ガラスをリバース・ショットで性急に見せる。『マディソン郡の橋』の出会いの場面とは逆の、永遠の別れを思わせる場面が残酷で緻密で容赦ない。5ヶ月後、ロサンゼルス市警のJ.J.ジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)により、イリノイ州で息子が発見され、母親は天にも昇るような至福の笑みを浮かべる。だが『許されざる者』以降、繰り返し用いられてきたあらゆる感情を動かす雨は無情にも降らない。ロサンゼルスからはるばるイリノイ州までやって来た母親を待ち受けるのは、霧が晴れたような真っ青な空の下で、茫然自失と立ち尽くす残酷な運命である。ここではいつものブラウンの服装ではなく、エメラルド・グリーンのドレスを羽織るが、彼女の口紅の色はいつものように赤く、腫れぼったく浮き上がる。

官僚機構に言いくるめられ、すっかり四面楚歌となったクリスティンの理解者となるグスタヴ・ブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)の姿。彼は権力に対し、為す術もない小市民である主人公に、権力に刃向かう術を1から教えて行く。ここではイーストウッド映画に通底する「教育とイニシエーション」の主題が唐突に顔を出す。官僚機構は母親の本能を「妄執」として聞き入れない。1920年代の腐敗したロサンゼルス警察の捜査体制、再選に向けた人気取りしか興味のない市長の卑しさは、官僚機構や白人至上主義に異議を唱えたイーストウッドの集大成とも言える。マスコミが群がる正面玄関を避け、裏口から羽交い締めにして母親を強制的に連行する瞬間に、大雨は降る。J.J.ジョーンズ警部の稚拙な捜査体制に対し、ただ1人異議を唱えたレスター・ヤバラ刑事(マイケル・ケリー)の良心により少年が検挙され、カナダへの強制送還を命じられた場面でもう一度雨は降る。まるで『Bird』の導入部分のような雷鳴轟く大雨の中、少年は刑事に対し懺悔する。後半、急遽炙り出されたゴードン・ノースコット(ジェイソン・バトラー・ハーナー)の造形は、『ダーティ・ハリー』シリーズのスコルピオや、ウォルフガング・ペーターゼン『ザ・シークレット・サービス』のミッチ・リアリー(ジョン・マルコビッチ)、『ブラッド・ワーク』のバディ・ヌーン(ジェフ・ダニエルズ)を彷彿とさせる血も涙もないシリアル・キラーに違いない。息子を誘拐された女は執念だけで官僚機構に楯突き、サン・クエンティン刑務所で明日絞首刑になるゴードン・ノースコットを烈しく罵倒する。クリスティンが振り返り、レスター刑事に笑顔で囁くたった一言には、何度観ても絶句する他ない。
恐ろしい話でした
カツマ

カツマの感想・評価

4.0
これがフィクションならばよくあるサイコスリラーのはずなのに、悲しむべきことにこの物語は実話をもとにして作られている。その事件とは1920年代のロサンゼルスで実際に起きた猟奇殺人事件ゴードン・ノースコット事件。そしてその被害者家族の女性に降りかかった更なる災厄を描いたのがこの『チェンジリング』だ。
劇中で『弱き者』と決めつけられた一人の女性は、警察の腐敗と闘い、誘拐された息子の帰りを信じ続けた。そんな彼女の強靭な折れない強さをアンジェリーナ・ジョリーが自らの母性を乗り移らせたかのような熱演。重たい題材でありながら、イーストウッドのエレガントでロマンチックな演出も光る。

シングルマザーのクリスティン・コリンズは一人息子のウォルターとの二人暮らし。昼間は電話会社の主任を勤め、忙しいながら二人の生活は平和だった。
ある日、クリスティンが休日出勤を終え帰宅するとウォルターが家にいない。近所にもどこにもおらず、不安に駆られ警察に電話するも、警察は24時間は捜査をしないという方針で取り合うこともしない。そしてウォルターは行方不明になった。
それから5ヶ月。諦めないクリスティンのもとにウォルターが見つかったとの吉報が届けられる。しかし、帰ってきた少年はウォルターとは違う全くの別人だった。クリスティンは警察に別人であることを訴えるも、警察側は訴えを聞こうともせず、事件を強制的に終わらせようとする・・。

前半の凄まじい重さに押し潰されそうになるも、何度も打ちひしがれるクリスティンがそのたびに立ち上がる姿には震えるほどの感動を覚えた。
この映画のテーマはやはり『希望』なのではないかと思う。巨大な圧力よりも強かった『息子は生きている』と願う希望の力。人間が生きていくために必要な力であり、この世に存在するあらゆる腐敗を打ち砕くことができる力だ。

ラストカットの彼女の笑顔とその後ろ姿が重い不幸を背負いながら生きていくという宣誓のように見えてしまい、気付いたら涙が頬を伝っていた。悲しみの先に光あれ。彼女にもうこれ以上悲しいことが起こらないことを願わずにはいられなかった。
クソくらえ警察。
sato

satoの感想・評価

3.2
無能警察にイライラする系
終わり方が自分好み
ak

akの感想・評価

3.9
題名通り息子が入れ替わったのと警察のミスについての話だと思ってスルーしてたら実はすごい話だった。しかも実話なのね。
実際は母親も関与してたりと色々すぎてそりゃ2時間半じゃ全ては描けないわってくらい信じられないような胸糞事件。
誰もがもっている人間の恐ろしい部分を描いている。映画は人間をよく知るのにとても身近にあるメディアの中でも特に優れているとおもう。心を揺さぶる作品です。リアリティがあってつい感情移入しました。
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