このレビューはネタバレを含みます
パリでカフェを営むテレーズはある日、一人の浮浪者が16年前にゲシュタポに強制連行されたまま行方不明になった夫アズベールにそっくりで、言葉を失うがひとり男の後を追う―
川縁の静かで穏やかな時間が流れるなかで、ホームレスの家でのテレーズの探り探りの会話、カフェでの男の家族とテレーズの極端に大袈裟な芝居の緊張感の中に仄かに漂う可笑しみなど、どの場面も空間の切り取りかたが上手い。
特にレコード機の前で二人が「セビリアの理髪師」を聴きながら口ずさみ笑い合うシーンのなんて豊かで幸せな空間なことか。
名前が違う、体型が違う、話し方が違う、聴いてた音楽は同じ、ダンスがうまいのは同じなど本人なのかどうなのか気になる男の情報の出し方がうまい。
無くしても消えない戦争の爪痕
「三つの小さな音符」を踊る最中テレーズが発見する後頭部の長いキズ、そこから夜の街中を走る男達の流れのドライブ感。夜空に響く大勢の「アルベール・ラングロア」にハッとしておそるおそる両手を揚げるアルベールの後ろ姿は、目に焼き付いて離れない哀しいシーン。
カフェにある大きな鏡とホームレスの家のバキバキの鏡の対比、アルベールが紐で縛って大事にしてる木箱に入った雑誌の切り抜きは記憶の奥の大事な何かなのか。
過去の出来事も大事だが、今目の前の人物といかに豊かな時間を過ごすかも大事だということを教えてくれる。
ラストのテレーズが「冬になったらまた戻ってくるわ」と幸せな時間にはもう戻れないのを悟ったかのような表情で言い放ったのも印象的。
セリフで説明するより映像で見せる方が何倍も伝わるのが映画を楽しむ醍醐味だと再認識した。