CHEBUNBUN

セクシー・ビーストのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

セクシー・ビースト(2000年製作の映画)
4.2
【プロフェッショナルな不安を明かさない】
東京・菊川にある映画館Strangerで映画配信サービスJAIHOとのコラボ企画「1980-2000年 イギリス映画特集」が開催されている。ゲイリー・オールドマン『ニル・バイ・マウス』やピーター・グリーナウェイ『THE FALLS/ザ・フォールズ』といった監督デビュー作が5本特集上映されているのだが、その中にジョナサン・グレイザーの『セクシー・ビースト』があった。

ジョナサン・グレイザーといえばジャミロクワイ"Virtual Insanity"のMVや『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で知られる面白いヴィジュアルを作り込む監督。最新作『The Zone of Interest』は第76回カンヌ国際映画祭にてグランプリと国際批評家連盟賞を受賞した。この新作はマーティン・エイミスの同名小説を映画化したものでいわゆるホロコーストもの。そう聞くと堅実な作風を想像するかもしれないが、観た人曰く「こんなアプローチがあったのか!」と驚く作品に仕上がっているらしい。日本ではハピネットファントム・スタジオが配給するので来年の上半期には観られることでしょう。閑話休題、今回はジョナサン・グレイザーの『セクシー・ビースト』を観た。これが想像以上に奇妙な映画であった。

ギャングを引退し、スペインの別荘でダラダラと日向ぼっこしている男ガル(レイ・ウィンストン)目掛けて巨大な岩が転がる。そしてプールへと落下する。少し驚くも、水を抜いて手際よく処理していく。そんな彼の前に、ドン(ベン・キングズレー)が現れる。彼は銀行強盗に協力してくれないかとガルを誘うが、頑なに断る。しかし、ある事件をきっかけにガルは渋々この案件を受けることとなる。

抗おうとするも抗えず、犯罪に手を染め、堕ちていく。これはオーソドックスなフィルム・ノワールの型だ。本作は、その運命から逃れようとするガルを通じて真のプロフェッショナル像を浮かび上がらせる作品となっている。映画では次から次へと刺激的な展開が訪れる。Twitterで様々な炎上事案がタイムラインを流れ、その渦に身を任せているうちに「自分も何か言わなきゃ!」と思い発信し、時としてそれが加害に繋がるように、ガルの前を甘美な事象が通り過ぎる。しかし、彼はその誘惑に乗らない。プールに落ちた巨岩を淡々と処理するように、最低限のことだけを行うのだ。それがダラダラとした有意義で平和な時間を守る最善策なのである。

しかし、過去に悪事を行っていた彼には不安はつきもの。夢では銃を持ったウサギが現れる。だが、それに反応するような素振りは周囲に魅せない。荒波が立つだけだからだ。そうはいっても、運命の歯車が周り、再び犯罪に手を染めなければならない場合がある。それは仕方がない。不安を押し殺しながらプロとして立ち回るだけだ。

徹底して、誘惑に歯向かい、目の前の問題を冷静に処理していきハッピーエンドを掴んでいくガル。一見すると変な映画ではあるが、フィルム・ノワールにおいてバッドエンドを回避するための行動を理詰めで描いた作品であり、とても良かった。最新作『The Zone of Interest』が楽しみである。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUN