鬼婆の作品情報・感想・評価

「鬼婆」に投稿された感想・評価

horahuki

horahukiの感想・評価

4.7
邦画ホラーのレベルが世界最高水準であることを思い知らされる大傑作!
坦々としてるうえに目を背けたくなるような嫌悪感を抱く物語ではありますが、最初から最後まで全く退屈させることなく観客を引き込み続ける素晴らしい作品。

まず、冒頭のシーンが素晴らしい。舞台は南北朝時代。人の全身が隠れてしまうほどの背の高い芒が一面に生い茂った芒が原。命からがら戦場から逃げてきた2人の武士を、芒の影から殺害し追い剥ぎをする2人の女。そして、女たちはそのまま家に帰り何食わぬ顔で飯を頬張りゴロ寝する。非日常と日常を混在させることで、この舞台がいかに異常なのかということ、そしてそれが当たり前となってしまっている恐ろしさを無駄なく的確に伝える手際の良さ。

描かれてるのは、生きるという本能、欲望、他者への嫉妬。そして極限状態のもとでは、生きたいという本能ですら利己的な汚いものへと変貌する。法とか秩序とか人を縛るものを全て取っ払った後に残る純粋な人間そのものを描いた傑作。まさに人間の本質に迫った作品で、サイコホラーの最高峰といっても良いと思います。

凄いのは、乙羽信子と吉村実子の鬼気迫る演技。多用される顔の接写が印象的。人間とは思えない、目力だけで人を殺せるような恐ろしい表情とモノクロ映像が相まって、己の中に潜む鬼を表現している。話し方も暴力的で、他者に対する思いやりを感じさせない。そして甘えるような声色と暴力的な怒号を1つのシーンで瞬時に切り替える乙羽信子の演技力。本当にこういう人なのかと錯覚させてしまうほどに自然。抑えきれない欲望を木にぶつけるシーンなんかは、本能的な嫌悪感を感じさせるほど。

季節は夏なので当然暑いわけです。だから女たちも平気で服を脱ぐ。男と話している時に服がはだけても全く気にしない。眠る時もおっぱいモロ出し。脇毛ボーボー。こういうところからも生きることの必死さというか、生きること以外に気を向けていられない厳しさがわかる。それを演じる2人の女優の本気さが、役そのものが憑依したような鬼気迫る演技に結びついてるんでしょうね。吉村実子は当時19歳なので、本当に覚悟が凄い。

吉村実子が芒が原を駆け抜けるシーンも良い。烏の鳴き声と周りを覆うように生い茂る芒で不気味さを表わすとともにその表情や駆ける勢いで抑えきれない性欲を嫌悪感いっぱいで描いている。

言葉が現代的で違和感あるかもですが、ストーリーの構成としては、ホームインベージョンスリラー。地獄ではあるけど、それでも平穏な生活を続けていた女2人。そこへ戦争に行った顔なじみの若い男が1人帰ってくる。その男の存在が、保たれていた平穏をかき乱して行く。そして、生きるという本能や欲望が水面下で醸成され、鬼として姿を現わす。

それも完全無欠の鬼ではなく、役者の演技や撮り方で、どこか滑稽で矮小な印象をも与えるのがうまい。こういった演出によっても、人間の本質的な醜さや小ささ、愚かさというものが強調されてるのが良いですね。型どおりの恐怖演出でアッと言わせて幕を閉じるのではなく、人間を描くことを最後まで貫き通しているとても丁寧な作品だと思います。こういった表現があるかないかで見終わった後の余韻に大きな違いがあるわけですからね。

これほどまでの傑作なのに、国内ではDVDすら廃盤という酷い扱いをされてるのが疑問。海外ではしっかり評価されてて、あのクライテリオンからBlu-rayが出てるというのに…。
MBac

MBacの感想・評価

4.5

おぉ、怖、。夢に出る怖さ、。
揺れるススキの映像美。そしてラスト数分、目を離せない展開。そういう話だったのか。さすが新藤兼人、シナリオが面白い。

「私は人間よ〜!」
鴉

鴉の感想・評価

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史上最高の鬼ごっこ
娘を取られると人を殺せなくなるから代わりにおばはんの私で我慢してほしいと頼む状況を納得してしまう世界観。
ペイン

ペインの感想・評価

3.9
“エクソシスト”

に多大な影響を与え、ウィリアム・フリードキン監督はじめ、ギレルモ・デル・トロ監督、ベニチオ・デル・トロらが愛してやまないJホラーの原点。

これだけ世界の映画人を熱狂させている新藤兼人監督って何者だ?という期待を寄せて観たが、ただちょっと期待し過ぎたのか面白く観れたことには観れたが「エクソシスト」超えの名作か?と言われると正直私的には疑問である。

ただ役者陣の極限のむきだしの演技は素晴らしいし、音や陰影のつけかたは気味が悪すぎる(褒めてます)。

主演の乙羽信子さん、ちょっと顔が有吉弘行に似てませんか?(笑)
buccimane

buccimaneの感想・評価

4.0
町山氏がヘレディタリーにこれと同じシーンがある的なこと言ってたからレンタルしたけど記憶力ないから分からず…。
用心棒とか切腹みたくミニマルな舞台だからこその力強さがある映画だった。
葦ってあんなに高くなるのか。
乙羽さんが熟練のテクを見せつけて年季の違いを目の当たりにした佐藤さんが鞍替えする流れかと思ったけど違った。
オーディオコメンタリーがついてたけど吉村さんが張りきり過ぎててうざかった。
ウィリアム・フリードキンお気に入りの映画ということで鑑賞。
T

Tの感想・評価

4.1
静寂の中、和太鼓による突然の爆音と共に浮き上がるタイトルバック然り、静と動の振り幅が大きく緊張感がある。背の高い草むらを、戦帰りの侍が負傷した戦友を抱えながら歩き、途中で転ぶ。上から撮影するその様は、光に照らされた葉の白と、葉が倒れて窪みとなった地面が影となった黒とのコントラストが生まれる。導入から素晴らしいショットが続き目が離せない。

食うためには殺すしかない、経済が存在しない世界においては人間も動植物も何も変わらず、弱肉強食の食物連鎖の一部に過ぎない。「お前らなにをして食うとるぞよ」と何度も尋ねる男の質問に一切答えない二人の女性の沈黙が与える恐怖。戦から戻ってきた男に対し、話の合間合間に「我が息子はどうした」と詰め寄る母親の形相はまさに“鬼婆”であり、身内に対する愛と表裏一体に存在する他人への憎しみを示す。

ただ命を長らえるのみで娯楽が一切存在しないと、食べてセックスして寝ることが“生きる”ことであり、それを無意識的にも求めてしまうのは人間が動物だからだろう。小屋から小屋への全力疾走、終盤になるともはやコメディリリーフと化しているのが面白い。人間のエゴと醜さが詰まった“家族映画”としてのホラー映画だった。アリ・アスターが参考にしたというのも頷ける。
ゆん

ゆんの感想・評価

4.3
これは戦に翻弄される命達の悲惨さや、逼迫した貧しさに喘ぐ人々の姿をまざまざと見せつける戦乱の世の物語...ではない。
スクリーンに映るのは、世の中の理不尽さや生活の困窮を不自然なほどあっさりと受け入れる、妙にドライな人物たち。「村」という社会が無くなってしまった世界で、あらゆる縛りから自由になったその生活は過酷であるにも関わらずどこかリアリティに欠け、楽園のようにも見えた。

社会から解放された人間には、性への渇きと、あとは何が残るのだろう。
愛だとかセックスだとかいうものは結局相手がいなければ始まらないわけで、その相手が埋まらない場合に生まれる孤独とか、葛藤とか、自己否定とか、怒りとかそういうものが人間の深みに影響すると思っていて、まあ常に愛し愛され満たされている人が全て薄っぺら人間だと言うつもりはないですが、でもそういう生き方はズルいし憎いし全く感情移入できません。それで何かというと本作の乙羽信子演じる老婆はものすごくキュートで、エロくて、気持ちがシンクロできるということ。
「年寄り」という社会的役割を自分に押し付けることで、心の底にある寂しさや疎外感、性的欲求や自己顕示欲に蓋をして生きてきた老婆。愛とは周囲との日々の積み重ねである。自由になって初めて自分の孤独に気付き、その穴の深さに絶叫する。
唯一の家族であり、静かに心を許した友人のようでもあった息子の嫁の吉村実子。彼女も嫁というアイデンティティーをまっとうすべく、生きていくためにも老婆と生活を共にするが、快楽と愛を求めて夜な夜な義母を裏切る。秘め事に気づきつつも、老婆は嫁を責め立て折檻したりはしない。それは本当にひとりぼっちになってしまう事への強い怯えからかもしれない。

物語の中でも特に奇妙だったのが、鬼の面を付けた敗将と老婆との掛け合い。何故お面を付けているのかという老婆の問いに対して、私の顔はこの世の物とも思えぬ位美しい、戦の為にその顔に傷を付けるわけにはいかないと答える敗将。老婆は、そんなに美しい顔なら見てみたい。何故なら自分は産まれてこのかた、何かを心から美しいと思ったことがないからと続ける。
私は本作の老婆を、ひとつもリアルだとは思わない。産まれたその日から女性らしさや幼さを否定され、家庭のために生きることを余儀なくされた人生で、ある日突然失われた自分を確かめるような真似はしないはずだ。だからこそ、それまでの長い人生の誇りを飛び越えてまだ見ぬ美しさを追及した老婆の姿に感動する。

深い穴に突き落とされ、死んでいった敗将の面を外した老婆は、その素顔を見て安堵の表情を見せる。
自分を含め醜いものしか見てこなかった生き方を肯定された気がしたのか、想像を超えてこない全てに対しての落胆か。
敗将の素顔は、もしかしたら本当に美しかったかもしれない。老婆が初めて美しさに出逢えていたら、どうなっていたのだろう。
atsuman

atsumanの感想・評価

3.8
映像のテンションと太鼓のBGMがリンクしていて、不気味な世界観をうまく演出していた。
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