あーや

幸福(しあわせ)のあーやのネタバレレビュー・内容・結末

幸福(しあわせ)(1964年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

愛らしいヒマワリだらけの中を華やかな色合いの服を纏った4人家族が歩いてくる。そのフレンチポップな彩りのオープニングも然ることながらLe Bonheurなんてタイトルだから、さぞかし幸せな家族の作品なんやろうなと色彩と音楽にうっとりしながら観始める。アニエス・ヴァルダ監督の「幸福(しあわせ)」です。
序盤からピクニック大好きなフランス人家族らしい森へのピクニックの場面。夫(フランソワ)は妻(テレーズ)を愛し、妻は夫を愛し、ふたりは子供を愛している。素敵な家族はピクニックを楽しんだ後、揃って午睡を貪る。素敵な日曜日のあとの月曜日からフランソワは内装業の仕事をし、テレーズは仕立て屋として働いている。この家族は仲の良さだけではなく、仕事も順風満帆なのですね。憎たらしいほど爽やかに家庭円満という幸せを謳歌している。日常はほとんど何の事件が起こることなくすぎてゆく。そんなある日、郵便局へ向かって電話をするフランソワが窓口の女の子(エミリ)に興味を持つ。彼女の方も視線を送って満更ではない様子だ。それだけで済めばいいのですが、勿論そうはならないのですね。2人は程なくしてカフェへ行き、挙句エミリの家へ…。その後、フランソワがテレーズに対して罪悪感に苛めばいいのでしょうが、そうはならなかったのだからタチが悪い。フランソワは罪悪感どころか「僕はふたりの女性を愛することが出来るのだ!」と口にしてしまうほど立派な能天気クソ野郎と化したのでした。と言うのはエミリもエミリでそんな彼の愛人でいることを慎ましく受け入れ、そして決してでしゃばらないのですね。尚更調子に乗る絶倫クソ野郎、フランソワ。愛しいテレーズには土曜日も仕事だと嘘をつき、昼間にエミリを抱き、家に帰ったらテレーズを抱く。良妻賢母な妻と情熱的な愛人。タイプの異なるふたりの女性を器用に愛することの出来る自分にどんどん自惚れてゆく。そして家族でのピクニックの最中に「僕はなんて幸福なのだ」と口にする。あまりにも幸せアピールが過ぎるのでテレーズが優しく詰問したところ「嘘はつけないから正直に伝えるのだけれど、実はもう一人の女性を愛しているんだ。僕は2人の女性を愛せるんだよ」と笑顔で破滅的に間抜けなご報告。エミリは表情を曇らせつつ沈黙し、暫く経って「あなたが幸せであればいいの。私もあなたをもっと愛するわ」と現実離れした恐ろしいご回答。案の定、クソ男のフランソワは歓喜してテレーズを抱き愛撫し始める。思いっきりテレーズを愛したあと眠りにつき、子供の声で目が覚める。しかしそこにテレーズの姿はなかった。最初はゆっくり彼女を探すも見つからないので、周囲の目撃者を探す。川べりに人だかりが出来ていることを確認して向かうと、そこには先程愛し合ったばかりのテレーズが入水自殺をした亡骸が·····。思わずテレーズを抱き寄せて静かに涙するフランソワ。しばらく喪に服すフランソワだが、彼は根の腐った男なので再びエミリの働く郵便局へ向かうのですね。そしてエミリに妻になって子供たちを愛して欲しいと伝え、受け入れたエミリと難なく結婚してしまう。そしてエミリとフランソワはお揃いのカラシ色のニットを着て、子供たちと4人で枯葉の美しい森の中をピクニックしながらFin。
オープニングからエンディングまでどこを取っても美しい絵とシーンとシーンの間を赤や青などビビットな色で繋げ、役者達の美しい顔をさらに際立たせるリズミカルなカメラもお見事。映画の色彩と華やかさを損なわないようモーツァルトの美しい旋律も私たちの耳を癒し続ける。音楽も絵もどこをとっても完璧な美しさ。しかし、ストーリーはというと夫の不倫の末に妻は死を選び、愛人が妻の座を射止めるという恐ろしい展開。その後は何も描かれませんが、きっと彼は無情にもまた同じことを繰り返すのでしょう。その時はどの季節の森を誰と何色の服を着て歩いているのかわかりません。しかし真実を知らない他人の目には「幸福に満たされた家族」の絵として映るのでしょうね。それがこの映画の絵や音楽では語られない本当の恐ろしさなのかもしれません。こういう恐ろしさを感じる映画は多くないでしょうね。いやー、ゾッとしました。
あーや

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