うに丼

フォレスト・ガンプ/一期一会のうに丼のレビュー・感想・評価

4.0
名作。
映画を観る前からアラン・シルベストリのメロディが脳内でリフレインされる。

ウィンストン・グルームの原作はもっとハチャメチャな寓話で、現代版「ほら吹き男爵の冒険」を思わせるものだった。
テリー・ギリアム監督、ビル・マーレイ主演の案もあったというから、そちらもかなり面白そう。



町山智浩氏が自身の解説の中で、60年代の南部(アラバマ)を舞台にしながら黒人差別や公民権運動に触れられていない点、ベトナム戦争を肯定しカウンターカルチャーを否定している点などから本作を厳しく非難しているが、「これ観て感動している人って、バカじゃねぇ?」とは、ちょっと言い過ぎじゃないだろうか。

本作を絶賛している人の多くは戦争が良いものだとは思っていないだろう。本編を観ても戦争に肯定的だとはとても思えない。戦争は悪いものだが、いざ戦場に行けば仲間の為に戦わなければならない。我々は、負傷した仲間を担いで一心不乱に走るガンプの姿に感動するのだ。戦争で知らない人を殺したり、誰かに殺されたりするのを良しとしているわけではない。
また、ワシントンの反戦運動集会のステージに立たされたガンプが〈戦争について思うこと〉を語るが(内容はマイクのコードが抜かれて分からない)、隣で聴いていた運動家の男が涙を拭っていたことからも、戦争を肯定するようなことは話していないだろう。ガンプはあくまでナチュラルで中立でどこまでも純粋だ。

公民権運動や黒人差別に関しての描写がほとんどないことについては(全くないわけではない)、作品全体のバランスやカラーを考えた時に、取捨選択する権利が作り手側には当然あるわけだから、アラバマ大学への入学拒否問題というエピソードに矮小化して描かれたとしても何ら不思議はない(原作にはあった宇宙旅行のエピソードが丸々カットされたように)。言うまでもないことだが、黒人差別について語ろうとすれば、何十本もの映画が作れるくらい根深いものだ。映画の前半部にそれだけのものを持ってきてしまっては、後半まで息が続かないのではないだろうか。

「黒人差別はなかった」「米国はベトナム戦争に勝利した」という描写でもあれば、それは事実を捻じ曲げていることになるだろうが、あるはずのものがないからと言って、それが歴史の改ざん、隠蔽と断定するのはいささか性急すぎると思う。
あくまでガンプにとって、戦争や差別なんてものは「どこ吹く風」で、重苦しいそれらの出来事を軽やかに皮肉っているのではないだろうか。僕はただ走りたいから走っているだけだけど、君たちはいつまでそんな下らないことを続けているつもりなんだい?と(無論、知能指数が低いことで謂れのない迫害を受けてきたことについて、ガンプは静かに傷ついていた)。

幼馴染みのジェニーが堕落していったことについては、彼女自身の責任というよりも、その生い立ちによるものだろう。父親から性的虐待を受けていた彼女は、そもそも人に正しく愛されるすべを知らない。だからいつも父親のようなクズ男とくっついてしまう。心の傷が彼女をカウンターカルチャーやヒッピームーブメント(それ自体が悪いわけではない)へ向かわせ、結果的に米国の負の部分を一身に背負わされることになったのだろう。

ロバート・ゼメキス監督の真意については分からない(彼は人種差別主義者でベトナム戦争肯定派かもしれない)が、この映画を観て感動している人の多くは、そんなこととは関係なしに、ただただフォレスト・ガンプという男の魅力に抗えないだけなのではないか。眉間に皺を寄せて映画を観るのはいささか疲れる。笑って泣ける『フォレスト・ガンプ』が僕は好きだ。