きょんちゃみ

それからのきょんちゃみのレビュー・感想・評価

それから(1985年製作の映画)
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【「簡単で素朴」は褒め言葉ではないのか】

「代助は黙って三千代の様子を窺(うかが)った。三千代は始めから、眼を伏せていた。代助にはその長い睫毛(まつげ)の顫(ふる)える様(さま)が能(よ)く見えた。

「僕の存在には貴方(あなた)が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」

 代助の言葉には、普通の愛人の用いる様な甘い文彩(あや)を含んでいなかった。彼の調子はその言葉と共に簡単で素朴であった。寧(むし)ろ厳粛の域(いき)に逼(せま)っていた。但(ただ)、それだけの事を語る為に、急用として、わざわざ三千代を呼んだ所が、玩具(おもちゃ)の詩歌に類していた。けれども、三千代は固(もと)より、こう云(い)う意味での俗を離れた急用を理解し得る女であった。その上世間の小説に出て来る青春時代の修辞には、多くの興味を持っていなかった。代助の言葉が、三千代の官能に華やかな何物をも与えなかったのは、事実であった。三千代がそれに渇いていなかったのも事実であった。代助の言葉は官能を通り越して、すぐ三千代の心に達した。三千代は顫(ふる)える睫毛(まつげ)の間から、涙を頬(ほお)の上に流した。」(夏目漱石著『それから』)
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