阪本嘉一好子

トラベラーの阪本嘉一好子のレビュー・感想・評価

トラベラー(1974年製作の映画)
5.0
悪ガキだ。母親のつけているブレスレットにまで、目がいって、それを売ってテヘラン行きの費用にしようと。父親が母親にあげたお金までとって、取らないと言う。手に何度も鞭を打たれても嘘を突き通す。壊れたカメラで写真を撮ってあげると言って小銭を稼ぐ。悪ガキ、ガセン(Hassan Darabi)の友達はモラルがあって、困った顔して、ガセンを見つめる。

こんな悪ガキが昔いたような気がする。しかし、この成長期に悪ガキでも、まともな人間になっていくんだよね。このゆっくりとした人間成長の過程がみられる社会がイランだけではなく、日本にもあった。善悪を知らない子供でも、家族が教えられなくても、学校が、社会、人や宗教が教えて、悪ガキがそうでなくなっていく。これこそが、辛辣や歓喜をまなべる人間成長過程なんだけど。


今ならきっと、ガセンの数々の行為が警察沙汰になってしまうかも。
社会があまりにも早く動きすぎるし、寛容性を失って白黒つけたがるから。
このガキは現代社会から見ると、『将来犯罪者になるね』となると。でも、そこに街角の老人が出てきて、『許してやれよ』と。そして、老人が悪ガキに善悪を諭す。失敗や間違いは人生の終わりでなく、人生のはじまりだという概念を与えられる人がいる。

いやいや、それにしてもこのガキはよくも次次と悪知恵が働くし動き回る。好奇心の塊で感心した。イランのガセンの住んでいるマレイヤーMalayer からテヘランまでバスの中で一睡もしてなかったようだった。球場に入るまで悪戦苦闘でも、その後、
大人の真似してちょっと横になったが、うっかり長寝してしまった。夢に、自分のしたことの因果応報が出てくる。この監督、キアロスタミは私を飽きさせない。最高のシーンだね。そして、試合はすでに、、、、、、
こんな悪ガキが大人になりながら、善悪を学んでいく。この悪ガキが気に入った。


千九百七十四年の映画で、シャーの時代だったから、ホメイニの時代と違ってモスリム 色が強くない。人々の服装でもわかると思う。モスリム 教は善悪がはっきりしている宗教で、学校でも教義が中心だが、シャーの時代は科学の授業で心臓の働きを勉強しているんだなと。このシーンと校長先生がガセンの掌に鞭打ちして、ガセンがお金はお金をとっていないと叫んでるシーンの兼ね合いで監督の裁量がうかがえる。科学的な心臓の働きと、ガセンの心の問題が、血液を送り出したり取り入れたりしている音に、ムチを打つ音/受ける動揺が重なり合っていると思う。

蛇足
キアロスタミ監督の作品は以前に9作品ぐらいを観ているが、そのほとんどはここにレビューを書く前のことである。かれの作品をもう一度何作か観てみたい。彼ほど、ダンディーな良い意味での静かな物腰でゆっくりと話してくれる監督をしらない。軽い冗談も交えるし、インタビューした人の気持ちを理解して、良い聞き手になって答える人だ。映画の脚本だけの会話より、全体がかもしだす雰囲気の中で、言いたいことを伝える。