Machiko

ハラがコレなんでのMachikoのレビュー・感想・評価

ハラがコレなんで(2011年製作の映画)
2.0
石井監督の映画を観るのはこれで三作目。
川の底やあぜ道はめちゃくちゃ好きだったのだが、これはいまいち私には合わず。
ひたすら繰り返される「粋」が表層的で、そんな「粋」さを背負って出る登場人物達も大概記号的だが、映画そのものを外観するともはや「無粋」であった。

「あぜ道のダンディ」同様、主人公が一本気で頑固、いい意味で泥臭い美意識を持った人間として描かれるんだけど、「ダンディ」では唯一の友人、息子、娘、と近しい人物の視点から多角的にキャラクターを提示したのに対し、本作はどこまでも表面的で、ひたすら「昼寝! 風向き! 粋!」と言うだけの、言ってしまえば戯画化と表現して良いレベルに抽象化されているのがやはり主人公としてかなり弱い。

繰り返し語られる、風が向いてない時は昼寝でもして風向きが変わったらドンといけ、たる哲学は人生を渡る上で有為だと思うが、主人公はマジ昼寝して風向き(※比喩ではない)が変わったら起き上がって動き出す。風向きってのは状況や環境の比喩じゃないん? それで何が解決するの? よく言われる「風向きが変わるのを待て」って要は「うまくいかない時は何やってもダメだから準備だけしといてタイミングが来たら動き出せ」という事なのだろうが、この映画ではマジで風(※言葉のままの意味)読むんすよ主人公。仮にそれ自体がアレゴリーだとしても観客として観てて得るものが何も無い。あれだけ風向き論を連呼するなら、明解な例の提示も欲しかった。

というかね、冒頭の、隣に引っ越してきた女性の部屋に勝手に入り沢庵を勧めるとか、タクシーの運転手に金を払わず行ってしまうとか、粋だなんだという前にただの非常識で、あの時点で主人公に共感も愛着も全く持てない。

あと監督のフィルモグラフィを概観した時に、川の底→ダンディ→そして本作と、主人公がどんどん「はじめから完成」されていくようになっていて、成長みたいなものが見えないのもキツい。あまねく物語がビルドゥングスロマンである必要は必ずしも無いが、少なくともそこにカタルシスは生まれる。本作はそこが致命的に欠けていて辛い。

川の底でいう開き直り、ダンディでいう息子&娘の視点への転換みたいな、物語としてのブースターとなるものが一切無く、どころかまともな山場もなく、足が悪いはずのばーちゃんはピョコピョコ走り、全体的に「雑」の一言に尽きるなあとも。

とはいえ、主人公はじめ登場人物全員が鬼気迫っているというか、演者からあそこまでのエネルギーを引き出すのはやはり石井監督ならではだなとそこは素直に凄いし大好きだ。ただ本作は一本の映画としてひたすら雑だった。

あ、散々こき下ろしといてなんですけど、石井監督の「鑑賞後観客を問答無用で”とりあえずやったるで!”と発奮させてくれる能力」は素直にスゲーと思っているし、「ハラがコレなんで」も例外ではありません。
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