きざにいちゃん

あ・うんのきざにいちゃんのレビュー・感想・評価

あ・うん(1989年製作の映画)
4.1
訳あって向田邦子作品をレビューする中で久々の鑑賞。この作品はもう何度観たか分からない。
「あ・うん」は言うまでもなく向田邦子代表作の一つであり、そのオリジナルは杉浦直樹とフランキー堺主演のNHKドラマ版である。

降旗さんの今作は、オリジナルとは雰囲気が異なる「もうひとつの『あ・うん』」と言っていい。
高倉健さんの魅力を最大化する為にオリジナルよりも小粋な温かさ、爽やかさを強めに利かせて登場人物や語り口を改変している。
脚本は向田邦子でなく中村努による。(向田さんはこの映画の8年前、81年に飛行機事故で亡くなられているので、もしご存命で映画版のオファーがあったらどうされたか興味深い)

自分にとって初めての「あ・うん」は若い時に観た今作である。いつもの寡黙で渋い健さんとは対照的な、お茶目で小粋な長髪健さんの新たな魅力に涙したものである。十分感動し、これが「あ・うん」だと思っていたのだが…後にドラマ版を観て衝撃を受けた。

今作では向田色はかなり抑えめになっているが、オリジナルの深みを二時間に凝縮するのは無理があるし、これはこれでいいと思う。木村大作さんの撮る画面は美しいし、健さんを撮らせてたら右に出る者はいない降旗さんの編集も安定感がある。たみさん役の富司純子さんもドラマ版の吉村実子(夜のヒットスタジオの芳村真理さんの妹)さんより魅力的で可愛らしい。何より、「日本侠客伝シリーズ」の健さんとのコンビ復活が嬉しい。
芝居が下手な坂東英二もヘタウマのいい愛嬌を出している。

オリジナル・ドラマ版は、水田家は志村喬演じる山師のお爺ちゃんがいる4人家族であるし、門倉は妾宅に隠し子がいて、あまつさえ「三号さん」まで囲ったりする。人間関係は映画版より粘性の強い生々しさを持つのである。そしてその物語は岸本加世子による映画版よりクセの強い三枚目キャラのさと子ちゃん視点で淡々と語られる。彼女の観察眼による水田夫妻と門倉の関係描写は、映画版とは全く異なる味わいがある。
言うまでもなく、原色の向田色満載の濃いめの人間ドラマ。映画はそれを薄めにして爽やかに炭酸で割ったような感じだ。