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カールじいさんの空飛ぶ家のRenのレビュー・感想・評価

カールじいさんの空飛ぶ家(2009年製作の映画)
3.0
個人的には少し厳しめの評価になってしまうけど、もちろん「ピクサーにしては」という注釈付き。今作が賞レースで他の実写映画と並んで大々的に評価されたのは、これまでのピクサーの実績ありきだったと思ってる。

ダイジェスト的にカールとエリーの半生を振り返る約5分のあのシークエンスを語らずにはいられない。二人の関係性と生き様を一切の過不足なく捌く手腕には痺れるばかりだ。鉄拳のパラパラ漫画を観ているように、ここだけで短編として成立している。この鮮やかさは、『バズ・ライトイヤー』のオープニングにも生かされていく。

家で空を飛んでいる時間は実質10分弱。後半60分はぷかぷか浮く家から伸びたホースを体に巻き付け、犬の散歩よろしく引き摺り歩くロードムービーとなる。
この珍妙な設定の表面的な面白さはざっくり2つあって、
①アクションの制限と拡張
→ 常時家を担いでおり(かつキャラクターが老人と太り気味な少年なので)、速く走れない、激しく動けない。一方で、風船の浮力を利用して普通ならありえない動きもできる。
②タイムリミット設定
→ 風船からヘリウムが抜けたら、もしくは割れたらもう動けない。いつ足止めになるか分からない制御不能なドキドキがある。
というのが今作の発明。

カールにとって「家」というのは亡くなった最愛の妻・エリーの思い出が詰まった「棺桶」と同義だ。この点で『ドライブ・マイ・カー』にも似ている。
カールは棺桶という名の家を呪縛のように常に体にぐるぐると巻き付けている。今作は、エリーの居場所が「家」からカールの心の中に移り変わり、彼が過去(家)の呪縛から非常にポジティブな意味で解き放たれる物語だ。
彼は終盤、文字通りの身辺整理を行なって新しい冒険へ出る。ここで冒頭で印象的だった「貯金箱が割れる」モチーフが反復されるのが上手い。人生再スタートの合図。

同じくピート・ドクター監督の『ソウルフル・ワールド』もそうだったけど、主人公が一度は夢を叶えるのにそれがゴールになっていないという点がとても面白い。夢は大切だけど、それが自分を満たす全てだという安易な帰着をさせない。

強いて難を挙げるなら、今作のヴィランが嫌なやつではあるけども死ななければならない理由がよく分かっていない点。ストーリー的にではなく、映画的に。このハッピーエンドのようでなんとなく釈然としなさが残る感じが、初見時からちょっとピンと来ない。
加えて今作の最大の弱点は、映画全体がなんとなく綺麗に纏まりすぎていること。道中のイベントで緩急をつけて、そこで出会う全てが一点に収束していく、整頓されすぎた脚本が今作をこぢんまりさせている気がどうしてもする。自分自身、劇場鑑賞以来 数年毎に観返してその度に中盤のディテールをなんとなく忘れて....を繰り返している。

その他、
○ カールが屋根裏部屋から落ちたり階段を下ったり、序盤は基本的に人物が上から下もしくは平行に移動する。家が飛ぶシーンで初めて人物が下から上に移動するから開放感があって気持ち良い。
○ 病死、骨折や流血まで見せてしまうリアリティ設計が終盤まで効いている。中盤以降、家が飛んだり犬が喋る首輪をつけていたりとフィクションラインが跳ね上がるが、老いや怪我といったリアルな痛みがある世界のアクションなのだというスリルがある。
○ カール、階段昇降機を使うくらいだったのに、平気で梯子にぶら下がったりするアクションをこなしていてどういう体力のつもり....?と少し疑問。


《第72回アカデミー賞戦歴》
受賞
★作曲賞
★長編アニメ映画賞
ノミネート
⭐︎作品賞
⭐︎脚本賞
⭐︎音響編集賞
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