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ある日どこかでのMOCOのレビュー・感想・評価

ある日どこかで(1980年製作の映画)
5.0
「あの方を前にしたら私は何と言おう・・・。
 許してこんな気持ちは生まれて初めてだから思いをうまく伝えられないの。
 あなたとの出会いがすっかり私の人生を変えてしまった。私の内に熱いものがこみ上げ、言葉は胸に溢れる。
 でも口をついて出るのはただひと言『 愛しているわ』」

 クリストファー・リーヴ演じる主人公リチャード・コリアーが偶然(必然?)訪れたホテルの展示室に飾ってあった昔の写真の女優に一目惚れし、時を遡りジェーン・シーモア演じる女優マッケナに会いに行くお話です。
 タイムトラベル映画によくある終わり方でないところが深い印象を残します。

 冒頭の老婆(実は年老いたマッケナ)が手渡す懐中時計の出所、ボートで口ずさむまだ時間的には発表されていないラフマニノフのラプソディーは、タイムバラドックスですが、物語の重要な鍵となるアイテムです。

 脚本したリチャード・マシスンが体験を基に書いたお話のため、マッケナが「リチャード」と愛を込めて呼ぶ声には特別な余韻を感じます。

 沢山の人に紹介した映画なのですが、男性は高い評価をするのですが、女性はさほど高く評価してくれませんでした。
 この映画は背の高いクリストファー・リーヴを見上げるジェーン・シーモアのアップの視線が、自分(鑑賞者)に向けられている様に観せる巧みなカメラ位置での撮影がされていて、美しいジェーン・シーモアから常に見つめられるような錯覚が男性の感覚を刺激するのかもしれません。

 ビデオレンタル開始を待ってレンタルし大ファンになりましたが、当時ジャック・フィニィの小説を読み漁っていた私は、タイムトラベルの方法がフィニィの方法そのままなので最初はフィニィの原作かと思ってしまいましたが、観返して作品の中でリチャードの大学時代の先生として、またマッケナの晩年の愛読書の作家としてジャック・フィニ(二人は同一人物)の名前が使われていることに気が付き、先輩作家に対するマシスンのオマージュを感じました。

 過去の部分は甘く淡い画像になるようにフィルムのメーカーを変えて撮影を行った、デジタル以前の発想も忍ばれます。

「バック・トゥー・ザ・フューチャー」「ターミネーター」「タイムライン」「タイムコップ」などの大がかりな装置を使って特定のある日のある場所に移動するSF映画慣れした多くの映画ファンが、この映画の時間移動の方法を「あり得ない」「お粗末」と評価しているのですが、その多くの人が同じように装置を使わず移動する「バタフライ・エフェクト」の移動方法を「あり得ない」「お粗末」と評価しないで好きな映画に挙げていることが不思議でなりません。映画の評価にありがちな映画解説者や先行する誰かの評論に影響を受けているとしか思えません。
 時々体験する『デジャブ』が大がかりな装置、装備、準備をしなくても予期せず起こってしまうことを考えると、身に付ける物を行きたい時代にあわせて・・・という考え方はむしろ現実味があり、試してみたくなります。映画の主人公でも、科学者でもない一般的な人間が行きたい過去や未來に行こうと考えるなら、むしろこんな方法の方が夢を与えてくれ、現実的で私は好きです。
 
 主演のジェーン・シーモアは映画 『007 死ぬのは奴らだ』のボンドガールで、NHKの海外TVドラマ『ドクタークイン 大西部の女医物語』のメインキャラクターをつとめた日本人にもお馴染みの美しい女優です。

 観るべき映画です。
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