のら

ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポののらのレビュー・感想・評価

4.0
太宰治のヴィヨンの妻の映画化だが、実際にはヴィヨンの妻から引用しているのは設定と前半と最後のシーンだけで、話の大半の部分は人間失格をベースに作られている。主人公夫婦の苗字が大谷とある事から分かるように、ヴィヨンの妻と人間失格を使って太宰治の夫婦関係を描いている。

映画としての見た目も悪くない。またこの手の映画にありがちな説明ゼリフのオンパレードもなく、文芸映画として非常に良い出来に仕上がっている。特に太宰治の愛人役の広末涼子が良く濡れ場シーンもだが、それ以上に太宰との心中未遂後に警察署で妻(松たか子)とすれ違うシーンで「あたしの勝ち」という感情を笑みの表情で見せるシーンは、本当に素晴らしい。

また一般的に太宰治のような主人公には感情移入しづらく感じるかもしれないが、戦後すぐというまだ女性が社会的に抑圧されている時代に、自我に目覚めていく女性たちの目線で、太宰治という人間を描いているため、何故このどうしょうもない人間にそこまで愛情を注ぐのかを見せることで、太宰治という人間に上手く感情移入できるように作られているのも上手い。

もちろん、これはちょっとどうかな?思う部分もある。例えば原作をリスペクトするあまりセリフが、小説調のセリフになっていたり、心中シーンで「グッド・バイ」と言わせたり。ラストでさくらんぼを食べては種を道に吐き捨てる等、太宰治へのリスペクトは感じるが、少しやりすぎの印象を受けてしまい、あざとさやくどい印象を受けてしまうのは勿体無い。

特にラストの「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と原作と同じセリフで終わるのは良いのだが、この人非人という表現が今は使われない表現な上に、原作では五千円盗んだ事(当時の初任給は一万以下)に対して人非人という表現を使っていたと記憶している。それで映画では心中した事に対して人非人という表現を使っているのでニュアンスが変わってしまう事になる。

また妻が辻と寝たかを口紅で表現するのは少しインパクトが弱く感じてしまう。髪が乱れたり帯の位置が違ったりはしるが、例えば序盤で几帳面な部分を出す事で、より髪や帯が崩れている事を強調する事もできなたのではないだろうか?

確かに気になる点は多々あるが文芸映画として非常に良く出来た映画になっているし、広末涼子の小悪魔ぶりだけでも見る価値の映画に仕上がっている。
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