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まぼろしのkuuのレビュー・感想・評価

まぼろし(2001年製作の映画)
3.8
『まぼろし』
原題Sous le sable.
製作年2000年。上映時間95分。

フランソワ・オゾン監督が愛する人を失った女性の深い喪失感を描いたドラマで、“死についての3部作”の第1章仏国作品。

25年の結婚生活をともにしてきた、50代の夫婦マリーとジャン。
子供はいないが幸せな2人は、今年も毎年夏にバカンスに訪れている南仏の別荘にやってくる。
しかし、人気のない海辺でマリーが眠っている少しの間に、海に入ったはずのジャンが行方知れずになってしまう。
警察の捜査も虚しく手がかりはつかめず、パリで日常生活に戻ったマリーだが、やがてジャンの幻が見えるようになり。。。

今作品は、フランソワ・オゾン監督の幼少期の記憶がベースになってるそうです。
監督は、愛する人に何が起こったのか分からないという感覚が、このような事件が人に与える影響について考えていたそうです。
タイトルをみれば、その前提はだいたいわかるので、導入部ではジャンとマリーの愛情に満ちた関係を描くことに時間を割いてる。
因みに、タイトル"Sous le sable."を直訳すると『砂の下』。
その海岸の砂の下に埋もれた心。
砂上じゃなく、砂の下とすしてる、ニクいっと唸る秀抜した仏国的感覚なんかなぁ。
直訳やと蠱惑さがなくなっちまう。
邦題の『まぼろし』も決して悪くないが、個人的には原題がピタリと合致してると感じました。
作中、失踪事件が起こる。
すると、疑問が生じ、主人公は完全に麻痺しちまう。
大きな喪失感と、夫の記憶(呪われているようでもあり、慰めにもなっているようでもある)に対処できず、籠の中の生き物のようになってしまう。
シャーロット・ランプリングの衝撃的な演技は、この映画の全ての評価に値するものやし、彼女の演技がずば抜けて素晴らしいって云っても過言じゃない。
彼女は、己を抑えようとしながらも、同時に狂気の兆候を示すこのキャラの、様々な心理状態や心境を見事に表現していました。
シャーロット・ランプリングは役に完全に没頭し、キャラにかたちだけじゃなく質感を与え、自暴自棄で幻滅した年老いた女性の冷たいまなざしや、本物の恐ろしい半笑い。
そして、強い回復力のある明るさを彼女に重ねているようで泣けてくる程巧い。
今作品は、悲劇の克服や、暗闇からの脱出を描いとる映画じゃなく、喪失感に対処し、対処しなければならないことについての映画だと思う。
日常生活の平凡さにどう対処するんか、
請求書の支払いにどう対処するのか、友とかの関係でどないやって笑いを楽しむんか。
己の人生を歩むことができず、完全に己を否定する状態に浸ることができるこのキャラは、見る者の心を完全に痛めつける人物像を示している。
監督は、主人公(特にネクタイを購入するシーンや発見された遺体を確認するシークエンスやと、精神的な葛藤を与え続けている)や観てる側(ショットの構成やフレーミング)に、一切の余裕を与えへん。
彼女はもともと浮気だと思っていたのに、ロマンティックな幕間を入れることを要求するというプロットで、オゾンがマリーの問題をさらに複雑にしているのもとても良かったです。
今作品は、過剰なメロドラマではなく、シンプルな映画でありながら、終結のないキャラを演じたシャーロット・ランプリングの魅力的な演技が心に響く作品ですし、小生はとても感動しました。
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