映画漬廃人伊波興一

大統領の理髪師の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

大統領の理髪師(2004年製作の映画)
4.4
イム・チャンサンの「大統領の理髪師」には
めまいと息切れに往生しながら、やっとの思いで片丘を登りつめた者だけが見下ろす事が出来る、淡い展望というのがあります。

例えばいくら人並み以上に努力しても人並みには戻れないかもしれない不治の病に見舞われた不憫な子供を抱えた親のように。

この子が治るためならどんな愚行をも辞さない覚悟を持った父親を私と同い年のコリアンの名優ソン・ガンホが演じております。

(室長)という名のもと、誰がどう見ても(朴正煕)がモデルというしかない、大統領専属の理髪師として従事していた頃は天候のいかんにかかわらず、水平線のかなたまで見通すように、時の政府を妄信的に支持し、熱烈さのあまり町ぐるみの不正選挙にも加担するほどだった彼が、
他ならぬその政府から息子にスパイ容疑をかけられ、拷問の果て、自らの足で立てなくなった状態で帰ってきてからは足元ばかりを見て暮らすように息子の足の治療手段だけを探し続ける人生に豹変いたします。

そもそもは容疑のきっかけも(下痢の音)だという暗い時代と言うよりもどこまでも愚かしすぎる韓国政治の豹変時期が背景ですが、
きのうとはどこか異なる一日をのぞむ父親の愚行を仏道への悟入の混めて鐘を突く修行僧のように描かれる生真面目な姿には、ただただ泣けてくるのみww

これが処女作とは思えぬイム・チャンサンの風格ある演出に脱帽しっぱなし、です。

悪くなった息子の脚が大統領の死と同時に癒されるという寓意的なエピソードをあれこれ詮索する必要などありません。
自分の足でゆっくり自転車のペダルをこぎ、坂道をあがっていく息子。
それをゆっくりと同じようなリズムで追う父・ソン・ガンホの姿がこの作品の全てなのですから。