イホウジン

ストーカーのイホウジンのレビュー・感想・評価

ストーカー(1979年製作の映画)
4.4
夢が叶うことは幸せなのか?

今作は言ってしまえばロードムービーの一つである。旅人が“目的地”に向かう中で起こる心情の変化を主題とし、またその過程でゴールよりもなにか大切なものを手に入れるので、物語自体は意外とオーソドックスなものだ。しかしながら今作は本当に難しい映画だ。なぜなら、前述した“目的地”も“大切なもの”も全て観念的なものとしてしか描かれないからである。というかそもそも、映画なのに映像としてそれらが登場することがないということが、今作を一層難解なものにしている。故に今作の物語は観客による解釈に委ねられる部分が大きい。旅をした彼らが何を感じて何を見ようとしたのか、映画のを観る私たちもまた一緒に考える必要があるのである。
この映画の物語は、どこか宗教的な「巡礼」のメタファーであるように感じる。救いを求める人たちが、厳格なルールと正しい道程を守り、試練を乗り越え、願いの叶う「聖地」に足を踏み入れる。設定こそ宇宙からの飛来物だが、やってることは歴史的に極めて古典的な行為だ。なので今作は「巡礼」(もしくは「宗教」)の再検討というテーマも隠されているように感じる。その上で感じるのは、果たして宗教的な「救済」は人を幸せにするのか?という根本的な問題の存在だ。
この問いに対する答えの核心に迫るのが、“作家”の「真の願い事とは人間の本性である」というようなセリフだ。数々の試練を乗り越えた彼が結果的に放つセリフがこれである。また同様の経験をした“教授”も「願いが人類皆を幸せにするとは限らない」と言う。どちらも、人間の醜さや愚かさを前提にしないとなかなか言えない言葉である。しかし、これだけ世界や“ゾーン”に対して不信感を抱き、時にはその掟から逸脱しても、それは彼らを受け入れた。神を冒涜する人間をも神が受け入れているようなものだ。だが、こういう見方もできるだろう。“作家”や“教授”がたどり着いた答えもまた宗教的な「悟り」の一つであると。つまり、彼らは神からの救済に抗うという答えを出したことで、神に救われたのである。それゆえの彼らの最後の行動だろうし、結果的には“神”的存在の絶対的優位性は維持され続けるのだろう。「救われない選択で救われる」という、現代の宗教にも通ずる奇妙な現象を垣間見れる。
そのうえで、今作の登場人物の中で最も不憫なのは主人公“ストーカー”だ。前述した2人は自らの意志で神に背きつつも、結果的にはまた別の次元で己を見出し、新たな人生に向かった。しかし、主人公はその盲目的な信仰によって、自らの生きる喜びや幸福を阻害しているように見える。冒頭彼は「この世界は牢屋と同じだ」と言い放つが、それは“ゾーン”という自らにとっての「理想郷」を確信しているから言えるものでもある。中盤に指摘されるように、彼自身“ゾーン”とは一体なんなのかよく理解していない。“作家”と“教授”はただ一度の“巡礼”でその正体に迫りつつあったにも関わらず、何度も足を踏み入れる彼がそれを行ってこなかったのはいささか皮肉である。終盤に妻が言うように、彼は常に求め続ける存在(確かに“ストーカー”という語にはそういう意味が含まれるかもしれない)だ。故に彼は常に生活世界に不満や不幸を発見し続け、いつまでも「ここではないどこか」を探し続けるのである。
しかしそんな彼にも最後には心の変化が起こり始めるようだ。そのことは映像から察することができる。それまで[生活世界=モノクロ][ゾーン=カラー]の関係性で構成されていた映画の世界が崩壊し始めるのである。前者を現実、後者を夢と解釈するならば、主人公の心の中に現実世界で生きることの美しさが芽生えたとも考えられるし、またラストからは生活世界の方がよっぽど“ゾーン”に近い何かがあることを暗示させられるようである。どこまでも観念的で難解な展開に突入するラストだが、その余白が映画に強烈な余韻を生み出している。
映像は言わずもがな美しい。もはやディストピアの具現化と言ってもいいような世界観が、計算づくしの映像によって描かれる。それでいて、急に何かが飛び出たりフラッシュバック的な描写がなかったり、決してホラー路線には行かない所もまた見事だ。ベタな「怖さ」とはまた違う、なにか神がかった「畏れ」のようなものを、登場人物たちだけでなく、観客も追体験させられるかのようである。
それで言うと、音響/音楽もまた素晴らしい。エコーや電子的な音の多用は、それだけで現実にある風景を異世界に変貌させてしまう。『2001年宇宙の旅』や『未知との遭遇』のような強烈なテーマ曲がないにも関わらず、それらと同じぐらいに音楽の印象が頭に残るというのもまた不思議な話である。

「巡礼」パートが長くて少々疲れたが、それもまた映像体験としては悪くなかったように感じる。
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