トウキョウソナタの作品情報・感想・評価

「トウキョウソナタ」に投稿された感想・評価

高田A

高田Aの感想・評価

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「家族」。言葉の肯定的な響きとは裏腹に、この共同体は秘密を前提として成立している。母親は母親に生まれるのではなく、母親役をしているだけ。この当たり前にも思える秘め事は、「家族」間に不協和音を生まないための前提条件だ。普段の生活では触れてはいけないこの関係性をまざまざと見せつけられ、それが再生した瞬間に静謐な恐怖に襲われる。
最初の30分と、バラバラになった家族が単に飯をまた食うとこは最高。他はちんちん。
atsuki

atsukiの感想・評価

5.0
線路沿いの家のなか、電車の明かりが左右に行き来して、階段では上から下に転げ落ち、モンドリアン風の時計によって”はめ込まれたそれぞれ正方形の互いに非対称な関係が一種の均衡が定着していると同時に疑わしい”と思わせる。炊き出しとハローワークの人たちが幽霊のよう。面接のカラオケ。歌い始めて「し…」でカットが割られる。コメンタリーで、続きは「心配ないからね君の想いが」だったと言う。つまり、KANの『愛は勝つ』である、と。なぜ香川照之がそれを歌ったのかは分からないらしいけど、役の代弁をしたのか。余談。「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」の録画で観たことがあるんだけど、放送日が2011年4月6日。橋でテッシュを捨てる場面で「来ねえかな、大地震。ぜんぶひっくり返ってさ」と言ったときに、東日本大震災の余震による速報テロップが流れてくる。ほんとうに怖すぎた。ラスト。あの食卓は『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で、発表会は『ラルジャン』みたい。経済と紛争と家族と、、、問題はいろいろあるけど、この救済を見れば、まだやり直せるんじゃないのかなと思わされるし、そう思うことこそが救済であったはず。

すこし奥深い作品に到達するために個人にとって必要な時間というものは——このソナタについて私が要した時間のように——公衆が真に新しい傑作を愛するようになるまでに流される数十年、数百年の縮図でしかなく、いわば象徴でしかないのである。
内容あんま覚えてない…汗思い出したら加筆する。アカルイミライと一緒に借りてみたやつ。2013年はまだツタヤで借りてみる時代だったなぁ(話の内容と関係ない)
HIRO

HIROの感想・評価

3.7
なにも残らなかったがまぁ普通の映画では?
kty

ktyの感想・評価

4.0
不気味なホームドラマだけどユーモアで救われる部分がある。
どう考えても傑作!
緩やかに壊れた家族を撮らせたら黒沢清は強い。一見すれば普通の家族。全くそれぞれが口をきかない訳でもないし、激しい口論がある訳でもない。でも明らかに歪み欠けている部分が垣間見える。
開口一番家族の大黒柱である香川照之は会社からリストラを告げられる。正直に家族に伝える事が出来ず、再就職もままならない。仕事に行くと言ってはホームレスと共に炊き出しの列に並ぶ毎日。すると、学生時代の友人である津田寛治と再会する。彼も同じく失業中であり、2人は毎日ふらふらと一緒に過ごすようになる。この一連の流れは確かに重くツラいんですが、2人のやりとりは時折笑える部分もある。しかし香川照之の家族の風向きが少しずつ変わっていく。自らに余裕がない彼は息子たちに強く当たり、奥さんであるキョンキョンとのコミュニケーションもどんどん希薄になっていく。そしてここで大事件が起こる。津田寛治が無理心中を起こし、妻を巻き込み自殺。この中盤は香川照之個人も家族も全ての状況がドン底であるから、観ていて一番苦しい。かと思っていたら、トーンがガラッと変わる事件が起きる。キョンキョンが家で一人でいる時に強盗に襲われる。この強盗を演じるのが我らが役所広司。この辺りから黒沢節が光る非日常的な世界へと変わっていく。役所広司とキョンキョンのやり取りは漫才のように軽妙で一気に笑いが蘇ってくる。ラストは崩壊しきった家族が再生へと向かっていく希望に満ちたものでとても美しい。香川照之と津田寛治は本当に紙一重で、香川照之も津田寛治に成り得た可能性が十分にあった。津田寛治は家族に一切自分が失業中である事を打ち明ける事が無かったからあういう結末になった。香川照之は偶然キョンキョンにバレたおかげでラストの再生があったのだと思う。家族は喜びも悲しみも共有する事でようやく作り上げる事が出来る一見簡単そうでとても難しいモノだというのが痛いほど分かった。ホラーじゃない黒沢清も最高に面白い!
私

私の感想・評価

5.0
最高最高最高
CUREに負けず劣らず好き。
きょん

きょんの感想・評価

3.7

「家族で食卓を囲む」

これをするだけで、どんな日でも普通の日になるなと。
めまぐるしく、家族に報告することはひとりひとり沢山あるのに
何も報告せずただ食事をしていて。

ひとりひとり自分の問題と向き合って孤立しているようなのに、家族としてまとまっているようで。
目で見たことと、感じたことが正反対でとても不思議な気持ちに。
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