しろくま74

ペイ・フォワード 可能の王国のしろくま74のレビュー・感想・評価

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毎日、妻と顔をあわせれば、しゃべっている。かつてNHKの連ドラ『芋たこなんきん』で、藤山直美と國村隼が、ほぼ毎回おしゃべりしてたけれど、私たち夫婦のことかと思って観ていた。

だから『ビフォアシリーズ』も、私にとってはめちゃめちゃリアル。交際期間も含め、18年×365日×2時間(少なく見積もって)としても、1万時間以上はしゃべっている。

では、おしゃべりが好きなのかと言えば、SNSで映画レビューを書いているくらいだから、嫌いではない。けれど、すごく好きというわけでもない。やはり相手が妻だからだろう。

私は少しずつあなたに会っていった
あなたの手に触れる前に
魂に触れた

谷川俊太郎『女に』より

結婚18年で、未だにこの感覚を持ち続けているのは、ほとんど奇跡なんだろうと思う。こういう話を妻にすると、「今、私の背中に千のナイフが刺さった」とか、教授のデビューアルバムのようなことを言ったりする。

もちろん、目の前に素敵な女性がいたとして、ハッと息をのむことはある。けれど、その女性の魂に触れることは、きっとない。妻を通して、年月をかけなければ、たどりつけない場所があることを知っているからだ。

26歳(同い年)で結婚したとき、妻に向かって「40代で一番きれいになるよ」と私は予言した。預言かもしれない。彼女のなかに、ふたりで見る風景を、私は見続けられると思ったからだ。つまりは、そのように、この女を自分は愛し続けるという信仰告白に近い。

40歳を過ぎて、「当たったでしょ?」と妻に言うと、「今、私の背中に…」を彼女は繰り返す。夫婦間の持ちネタ。寿命がくるまで、ジジバババカップルを目指そうと思う。

ついでながら、女性たちと触れあうたびに思うことがある。

年齢が彼女たちから奪う美しさは、年齢による美しさに過ぎないということを、彼女たちは信じない。むしろ年齢によってもたらされる美しさがあることを、彼女たちは頑なに否定する。

認識のないところに美は存在しないからだ。

それは、美術史が物語っている(映画史だってそうだ)。時代の天才たちが行ってきた仕事は、それまで存在しなかった(認識されなかった)美を、顕在化(けんざいか)することだった。

けれど、そんな歴史がもし男の歴史にすぎないのなら、これから2000年をかけて女の歴史を作ればいい。だから、女性による表現がもっともっと生まれたらいいなと思う。

ということを、昨日、妻と話していたら、この映画を思い出した。ほぼ結婚した年に観た記憶がある。

Pay It Forward。何かを次へ渡したいと思ったとき、ひとは、ひとの魂に触れる。Pay “Back” ではないから、手に触れるよりも前に、それは信じることによって成立する。私の場合それは、ひとりの女を愛し続けるということなのかもしれない。

ストーリーの顛末(てんまつ)は、物語の力学としてそうなっただけで、バッド・エンドではない。そのことが一生分からない人生もあったはずだ。妻に感謝。