吉田コウヘイ

淑女は何を忘れたかの吉田コウヘイのレビュー・感想・評価

淑女は何を忘れたか(1937年製作の映画)
5.0
走る車を接写で映すファースト・ショットのまま、軽快にドライヴする71分間。小津安二郎が34歳で撮った『淑女は何を忘れたか』は洒脱でモダンなセックス・コメディー。

屋内で歯切れよく交わされる会話のリズムを基調に、想いを込めて男女2人が屋外を歩くシーンでは太陽光と影のコントラストにジャンゴ・ラインハルト風マヌーシュ・スウィングなバラッドを合わせて情感を誘う、緩急自在なドラマ・メイクが見事。後年に円熟する高低と押し引きのカメラワークでキャラクターの心情、相互の距離感を浮き彫りにする手腕とセンスが瑞々しく光る。

口うるさい淑女を体現する栗島すみ子の声が素晴らしい。身勝手さ独善さとその奥に隠れた可愛らしさが絶妙なバランスで共存している。彼女を受ける斎藤達雄の知性、若さで風穴を開ける桑野通子と佐野周二も溌剌。

なんとなくやり過ごすのを止めて、衝突を厭わずに感情をぶつけるクライマックスから久しぶりの熱い夜へ向かっていくラスト。

「奥さんに威厳を示す人もいるけど、あれはあんまり良くないよ。花を持たせなきゃ。つまり逆手だね」

スーッと本質を突いてくれる気分のよさ。これぞ小津安二郎、これぞ由緒正しき松竹ホームドラマの伝統だ。