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無法松の一生のほーりーのレビュー・感想・評価

無法松の一生(1943年製作の映画)
4.3
稲垣浩監督の代表作『無法松の一生』は1943年に阪東妻三郎主演で作られたが、内務省の検閲で重要なシーンがカットされたあげく戦後もGHQにカットされるという不運に見舞われた作品。

あまりの悔しさから稲垣監督が今度こそ『無法松の一生』の完全版を残すぞとの意気込みで作ったのが1958年の三船敏郎版である。

いずれも日本の映画史において名高い名作なので、今回はいつもと趣向を変えて両方の作品を比較して、良かったところなど箇条書きで書きたいと思う。

《1943年版の良かったところ》

・阪妻の風格の凄さ
 阪妻松五郎は単なる乱暴者ではなく、いかにも酸いも甘いも噛み分けた苦労人という感じ。三船松五郎にはない人間的な厚みがあった。

・子役の沢村アキヲ(のちの長門裕之)が巧い
 晩年の長門さんは芝居が臭かったけど、当時十才のアキヲ少年はなんと巧いことか。それまで弱虫だった少年が松五郎との交流で段々と明るい性格になっていく過程をちゃんと表現している。

・園井恵子の存在が大きい
 演技でいえば戦後の高峰秀子の方が上なのだが、やはりさくら隊の悲劇からか園井恵子ってだけでもちょっと特別な感情を抱いてしまう。

・月形龍之介の顔役が良かった
 芝居見物のシーンやラストなどちょっとしか出てこないが松五郎も頭が上がらない地元の顔役を演じた月形も印象的だった。三船版の笠智衆も悪くはないのだが(九州出身だし)、やはり教授か御前様役の印象が強い。

・宮川一夫の映像の素晴らしさ
 全編に渡って宮川一夫の撮影テクニックが堪能できる。特に走馬灯シーンでの多重露光を大いに活用した映像はまさにファンタスティックな美しさ!

《1943年版の悪かったところ》

・やはり何と言っても肝心なシーンがカットさらていること
 GHQがカットした『青葉の笛』を歌うシーンと学生の乱闘シーンは百万歩譲って無くても仕方ないとしても、肝心要の松五郎が夫人に告白するシーンと死ぬシーンをつまらない理由でカットした内務省は何とバカなことをしたのだろうかと思う。

・阪妻の祇園太鼓が下手
 明らかに阪妻の祇園太鼓は叩いているフリであるのが見ていてわかる。太鼓に触れていないのがモロ映っている。

■映画 DATA==========================
監督:稲垣浩
脚本:伊丹万作
製作:中泉雄光
音楽:西悟郎
撮影:宮川一夫
公開:1943年10月28日(日)
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