あーさん

ピアノ・レッスンのあーさんのレビュー・感想・評価

ピアノ・レッスン(1993年製作の映画)
4.1
記録(過去に観たもの)

間違えて消してしまったので
再度のレビュー。
いいね!とコメントしてくださった方、すみませんm(_ _)m

海と砂浜と空とピアノの絶妙なコントラスト、とにかく映像の美しさに息を呑む。ストーリーは余りにも激しくて共感できない所もあるが、激情のなせる技なのでこの際気にしてはいけない…。音楽も素晴らしく、観る者の心をザワザワと掻き立てる。。
理屈抜きで好きと思える映画。
そう、女性が秘めた思いを全開にした時、道徳や理屈はいらない!
これを観た時、設定は違えど自分を押し殺して生きる主人公エイダにその時の自分を重ね合わせ、潜在的に縛り付けている心をピアノの奏でる音楽にのせて思いきり解放できた気がする。

そういえばこれを一緒に観た誰かさんがポカーンとなって別れる別れないの喧嘩になったっけ。。
しかしこの映画が好きという男性は果たしているのだろうか…?

アンナパキンがかわいい!

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追記(2016.3.20)

あまりにもこの作品が理解されていないと感じて少し加筆することに。。

時代は19世紀、女性がまだ自由に結婚相手を選べなかったであろう頃の話である。自分の祖父母世代でも親の決めた、会ったこともない人と結婚したなどという話はよく聞く。うまくいく夫婦もあればいかない夫婦もあった。それは恋愛結婚でも同じことだが…。

それまでの詳細はわからないが、主人公エイダには娘がいる。厄介払いのように父の決めた男の元へスコットランドからニュージーランドへと貰われていったエイダ。そこに彼女が選ぶ余地はなかった。

「八日目の蝉」という邦画のレビューで私ははっきりと”不倫はダメ!”と書いた。勿論そうである。しかし「八日目の蝉」は”不倫の罪深さ”を女性の目線から切なく描いた作品だと思っている。だから不倫はダメ!と書いた。本作のテーマは不倫ではない。私は”女性の心の解放”だと思っている。色んなことが積み重なり、彼女の真の理解者が現れた時、彼女は初めて心を、そして体を許したのだと思う。それを不倫と呼ぶのか。人それぞれだと思うが、私は俗に言う不倫とは一線を画した命がけの行為だと思った。決して許されることではないが。。実際、彼女はとても大きな代償を払うこととなる。しかし娘の存在を余りにもないがしろにしているのでは?確かに私もその辺りはエイダの身勝手さを感じざるを得ない。反論のしようもない。だが、子どもがいるからと自分の心に嘘をついて、生活の為に誰かと一緒にいることは想像する以上に辛いものだ。幸せでない母の元で暮らす子どもは果たして幸せなのか?

内向的で言葉を持つことを捨てたエイダに自分の気持ちをピアノで表現するしかなかった、というのは私はとてもよくわかる。何故なら自分も昔は人見知りが激しくて、人前で話すのがとても苦手だったから。多分、言葉でちゃんと自分の気持ちを表せる人にはわからないだろうな…と思う。エイダが理解されないのはとても悲しい。そして言葉の代わりのピアノを失くしたエイダの心はいかばかりか…。
けれど、どう感じるかはそれぞれの自由だし、結局誰に感情移入するかによって作品の評価は分かれるのだと思う。
故に男性や倫理観の高い人にはあまり積極的にお勧めしない。。


第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞
第66回アカデミー賞脚本賞、主演女優賞(ホリー・ハンター)、助演女優賞(アンナ・パキン)受賞
作品賞ノミネート