みかんぼうや

海を飛ぶ夢のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

海を飛ぶ夢(2004年製作の映画)
3.6
【生きるために死ぬ。キューブラー・ロスの悲しみの5段階を思わせる、尊厳死を希望する当事者とその意志に揺れる周りの人々の心理を丁寧に描いた実話ベースの物語】

海での事故で四肢麻痺生活を28年間送っていた男ラモンが、その人生の終止符として尊厳死という選択肢を決断する。しかし彼の住む国スペインでは尊厳死は違法とされている。そんな彼のもとに、彼の尊厳死の裁判を担当することになった女性弁護士、彼のテレビ出演をきっかけに彼に関心を持ったとある女性がやってくる・・・

スペインでの実話をもとにした作品。尊厳死をテーマにした作品は何作か観ていますが、その中でも死を望む当事者と、その人間の意志を尊重するかで揺れる周りの人間の関係性や心境の変化を、最もストレートかつ丁寧に描いている作品ではないかと思いました。

特に尊厳死&四肢麻痺&ラブストーリー要素が入っている映画という意味では、「世界一キライなあなたに」が真っ先に頭に思い浮かびましたが、ポップな表現でエンタメ性が高くラブストーリーが中核になっていた「世界一キライな・・・」に比べると、本作のほうがより“尊厳死”を望む当事者と周りの人々の心理面の深いところにフォーカスした印象を受けました。映画としての表現もポップさとは対照的で、むしろアート的な美しい表現が多く(特にもある、海を飛ぶシーンなど)、一つひとつのシーンがどこかポートレートのような、人物の喜怒哀楽の表情に寄り添うかのような繊細な映像で、その雰囲気が個人的にとても好みでした。

“尊厳死”というかなり重めのテーマゆえに終始重く暗い作品のようにも感じがちですが、意外にも作品から受ける印象は“重さ”とは異なります。それは、当事者であるラモンという人物が、28年の寝たきり生活の中で、ある種、達観したかのように死という選択への覚悟を持っていることと、彼のウィットに富んだユニークなキャラクターゆえかと思います。

この映画を観て、私はキューブラー・ロスの“悲しみ(死)の5段階”を頭に思い浮かべました。人は大きな悲しみや死を迎えるにあたり、否認→怒り→取引→抑うつ→受容というプロセスを経るというもので、本作は彼が死を覚悟している段階から始まりますが、それまでの四肢麻痺になってからの28年間は、自分の体がもとに戻らぬという事実に絶望し、否認から抑うつまでの想像もつかぬ過酷な時間を過ごしてきたのでしょう。そのうえでの彼の中での“受容”の一つの形が、そのままの体での人生を過ごすという選択ではなく、尊厳死という選択だったのかもしれません。いや、むしろ逆に、受容できなかったからこその答えが尊厳死だったのかもしれませんが・・・

そんな中、時折見せる“抑うつ”を感じさせる発作的な感情の高ぶりは、自分自身を落ち着かせようとしながらも耐えられず溢れ出る辛さを想像させ、グッと胸を締め付けられるものがありました。

本作には、あと2つ、大事なテーマがあります。一つは、周りの人間の理解。死を望む当事者の強い意志を尊重するか、それでもなお生きることの可能性を説き続けるか。これについては、とても長くなるのでここでは自分の考えの言及は控えますが、尊厳死における永遠のテーマと言えるでしょう。

もう一つは、ラブストーリーとしての要素。とは言っても、普通に恋人同士が愛し合うものとは全く異なります。ネタバレになるので詳細は書きませんが、本作で描かれるそれには、正直なところ、“共依存”的なものを感じました。しかし、“共依存”と書くと一般的にネガティブなイメージを持ちやすい言葉ですが、本作については、自身の立場に“決意”を持った共依存であり、それがかえってお互いを純粋に求め合う姿に見えて美しさを感じました。

非情に重い“尊厳死”というテーマゆえに、当事者の視点、家族の視点と考えさせられることが多い内容ではありながら、先に書いたアート的で繊細な映像やラブストーリー要素もあり、美しさや爽やかさを感じさせるという、映画として非常に見どころの多い作品でした。
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