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海を飛ぶ夢のtakのレビュー・感想・評価

海を飛ぶ夢(2004年製作の映画)
4.5
 僕はアレハンドロ・アメナーバル監督の作品がかなり好きだ(「アザーズ」は未見なのだが)。長編デビュー作「次に私が殺される」(成長したアナ・トレントが美しい)は、猟奇殺人を扱ったサスペンス映画で殺人場面などちょっと悪趣味?とも思ったが、一方で恋愛の機微をきっちり描いていてよくできた映画だった。続く「オープン・ユア・アイズ」も独創的なストーリーで酔わされた。アメナーバル監督が執着するテーマは”死”。この「海を飛ぶ夢」はこれまでのサスペンス/スリラーとは違い、ヒューマンドラマとして見事な秀作に仕上がっている。

 主人公は海底で首を折る事故に遭って以来26年四肢麻痺の状態。ベッドに寝たきりの彼は、兄夫婦や甥、父親に囲まれて不自由ながらもうまくやってきた。だが彼は死を切望する。何故?と思いながらも彼の台詞からそれを理解しようと我々はするのだ。でもそれを理解する事は難しい。同じ四肢麻痺の神父も彼を説得することはできなかった。理解者となったのは、尊厳死を求める訴訟を担当することとなった女性弁護士。単に足が少し不自由な人としか最初思われなかったのが、次第に彼女の抱えた問題が明らかになる。飛行機の座席に座る彼女と主人公がオーバーラップする場面があるけれど、あれは二人が共感することを暗示していたのだな。

 主人公は次第に彼女に思いを抱くようになる。「君には少しの距離でも僕には無限だ」彼女に触れることもできない彼にとっては空想は唯一のできること。海辺に散歩に行った彼女を空想で追う場面の美しいこと。突然立ち上がる主人公。彼は窓から空へと飛び立つ。眼下に景色は次々と流れ、青い海と空をカメラは捉える。やがて地上に視線を移すと海辺を歩く彼女が・・・邦題の由来となった美しい場面。だがそれが主人公の空想だとわかっているだけに、観ていてとても切ない。

 尊厳死をめぐる現状はどこの国でもまだまだ厳しい。悲しい物語なのにどこか明るく感じられるのは、時にユーモアをこめて人物が描写されていること、それと主人公の懸命さだ。死を選ぶことに懸命というよりも、自分を理解してもらおうとすること、誰かに何かを残そうと詩作に打ち込む姿、甥を息子のように思うところ・・・随所にそれが感じられる。自分が同じ立場なら・・・そう考えてはみるけれど、やはり想像することも難しい。感動して、考えさせられて、映像美に酔って・・・こういう経験ができる映画ってそうそうはありません。結局彼は、生命を与えそして奪った”海”に還ったのだ。一方で痴呆という状態で生きながらえた女性との対比。どちらが幸せかなんて計ることはできない。この映画は死を否定的に捉えていない。そこが悲しい話なのに、どこか前向き(表現悪いよな)に感じられるのだ。

 私事だけど、僕は大学1年のときに高校時代の友人を突然の交通事故で亡くした。葬儀が終わって数ヶ月後、仲の良かった友人数名と家を訪問したときに、お母様が彼が書き遺したノートを見せてくださった。そこに幾度も出てきた言葉が僕には強く印象に残った。それは「目を閉じると海が見える」という言葉だったのね。細かいところは忘れたけれど、それは”内なる海”についての詩だった。偶然にも”内なる海”をイメージさせるラストシーンを観ながら、僕はそれを思い出さずにはいられなかった。
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