優しいアロエ

潜水服は蝶の夢を見るの優しいアロエのレビュー・感想・評価

潜水服は蝶の夢を見る(2007年製作の映画)
4.3
〈徹底的な一人称視点による全身付随体験〉

 冒頭40分のほとんどを主観映像が占めるという斬新さ。ここに共感が生まれていくわけだが、その一方で主人公はエッチだし、毒っ気のあることばかり独白している。「潜水服」から抜け出す唯一の時間である空想も、けっこう自由奔放だ。

 つまり、本作は主人公への共感性を生んでおきながら、そこから外してくるのである。ものすごく美しいピアノ音楽を用意しながらそれをぶちぎったりするというのもそうだ。このしめやかとコミカルの混ざった感じが難病モノとしては新鮮で、フラットな視点で物語を追うことができた。
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 主人公は左目しか動かせない。だが、左目だけは動かせる。このギリギリ絶望的じゃない感じ。ここで何かを目指して再スタートを切るか、それとも全てを投げ出すか。ギリギリ自分の人間性が問われてしまう絶妙なラインである。

 結果、彼は瞬きを使って文字を綴り、自伝本を書き上げるのだが、出版の10日後に肺炎で命を落としてしまう。左目だけ使えたこと、出版10日後に死んだこと。とても数奇で寓話的な一生である。まるで彼の人生を使って神が人間の生命力を試していたかのようだ。

 全身付随を患った直後は死にたいと(瞬きで)言っていたが、最期はどんな思いだったのだろうか。「死にたくたい」と思いながら死ぬことができたら、それは幸せな人生だったのだと思う。
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