クシーくん

フレンチ・カンカンのクシーくんのレビュー・感想・評価

フレンチ・カンカン(1954年製作の映画)
5.0
傑作とは言い難いんだけど個人的に大好きな作品。

OPからEDまで最高。主演のアルヌールは一時期オードリー・ヘプバーン並みに人気があったというのも頷ける。オードリーのような正統派の可愛さとは別個の、コケティッシュを体現した魅力がある。ラストシーンのカンカンの躍動感は言うまでもないが、物凄い。

私自身も大好きなシャンソンの名曲「モンマルトルの丘」がこの映画のために作られた主題歌だったとは知らなかった。しかもジャン・ルノワール作詞。歌詞もメロディーも最高に美しい。「サンジェルマン・デ・プレの白い貴婦人」こと、コラ・ヴォケールのアテレコによる歌唱の素晴らしさ。それ以外にも、エディット・ピアフやパタシュー、アンドレ・クラヴォーといった当世の一流歌手による歌が惜しみなく挿入されていてたまらない。

何と言っても本作の魅力は全編が絵画の連なりのような強烈な画と色彩に包まれている点だ。19世紀末モンマルトルの魅力もミニマルなセットの中で遺憾なく描写されている。手回しオルガンを演奏する老人、野菜売り、気風の良い洗濯女、女としての矜持と魅力を失わない老いた女乞食。ニニとダングレールがモンマルトルの丘を歩くシーンでは茶色い風車が見える。かつて父オーギュストやゴッホが描いた名画「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の風車だ。

山師ダングレールを演じるギャバンは流石の名演技。小娘ニニから魔性の女ローラまでが惚れる悪魔的なフェロモン、そんな彼の放つ啖呵に涙を振り捨てて舞台に上がるニニの美しさ。モームの「ジゴロとジゴレット」を思わせる芸人の悲しさ、女心が憎い。

海外を転々としながらもフランス国籍を捨てなかったジャンが故国フランスに帰って撮った作品がこの『フレンチ・カンカン』である。困窮時には父の絵を売却したジャンの、父への恩返し、贖罪の意味もあったのだろうか。或いはジャンの祖国愛、懐旧も感じられる。語弊を恐れずに言えばルノワールは映画監督しては戦後「忘れられた」と言って良い過去の人だった。そんな彼の極めて楽天的、しかし二度と戻らない旧き良き日を謳う映画は辛い時代を生き延びた人々の目にどう映じたことだろう。
いずれにせよ彼が描くムーラン・ルージュはとても輝いて見える。
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