ダークナイトの作品情報・感想・評価

ダークナイト2008年製作の映画)

The Dark Knight

上映日:2008年08月09日

製作国:

上映時間:152分

4.2

あらすじ

「ダークナイト」に投稿された感想・評価

【アメリカのヒーローと日本のヒーロー】

僕は子供の頃から「ヒーローもの」が大好きだ。「悪者から世界を守ってくれる正義の味方」は『ウルトラマン』だったり『仮面ライダー』だったり『ゴレンジャー』だったり・・・
「どうして日本ばっかり狙われるんだ?」なんて野暮なことは言いっこなしです。海外には海外の「悪者」と「ヒーロー」がいるんだから。

ご存知の方もいるかと思いますが、昔「スパイダーマン」を日本版でドラマ放送していたことがあります。これが製作された経緯や詳細設定は省略しますが、ポイントは『「日本の」「日本による」「日本人の為の」スパイダーマン』だったということ。悪の異星人「モンスター教授」の魔の手から日本を守るため、スパイダーマンとなって闘う青年のお話。さらにはマーヴェルの設定には存在しなかった「レオパルドン」なる大型ロボットまで登場する。実は日本での人気は根強く、実際にマーヴェル版の「本家」スパイダーマンが公開された時は「こんなのスパイダーマンじゃない!」という日本人のコメントがあったという笑い話のような逸話が残っているくらい。
では、なぜその日本人はアメコミ版のスパイダーマンを観て「こんなの違う!」と思ったのか?

実はこれってスパイダーマンに限ったことではなく、『アメコミ全般が持つ普遍的なテーマ』と『日本人が持つ「正義論」』がそもそも噛み合っていないのに、「正義=ヒーロー」という構図でひとまとめにしようとした「歪」のようなものだと思うんです。

日本で言うヒーローには必ずと言っていいほど「正義の味方」という言葉がつく。
ん?正義の「味方」?
ヒーローが正義そのものではないのか?
そこなんです。
日本で言う正義とは「悪」を存在させるための立ち居地でしかないんです。
「悪い奴らが虐げる人」⇒「悪くない人」=「正義」という構図なんですね。
そしてそれを助けてくれるのがヒーロー、つまり正義の味方です。そしてだいたいのうたい文句にあるのが「弱きを助け~」っていう判で押したような決め台詞。
じゃあ、悪い奴らから虐げられている弱い人は正義で、それを助けてあげるのが正義の味方(ヒーロー)ってことだね?となる。
ただ、そうなるとヒーローの存在意義は「悪がいなければ成立しない」ということにもなる。つまり日本における正義の味方は「悪へのカウンターパンチ」でしかないという事なのだ。昔何かの戦隊ものの最終回で、悪を倒して世界に平和が訪れて何年か過ぎ、再び悪い奴らが出てきた~となった時、既に「ヒーロー」を引退してた「元ヒーロー達」は「よ~し、闘うぞ~!」と喜び勇んで行くというシーンがあった(なにレンジャーだったかは忘れたけど・・・)。つまりそういうこと。「悪」がいないと「正義のヒーロー」である自分の存在意義すらないということなんですよ。

では、アメコミにおける正義とはどういう位置づけなのか?
はっきりしていることは『「悪」は「悪」』、『「正義」は「正義」』で基本的には独立してるんですけど、出所は一緒なんですよね。
日本のように「弱いもの(虐げられるもの)=正義」という構図ではなく、「持っているもの」と「持たざるもの」の差なんですよね。
ここでいう「持つ」とはGiftedのことです。つまり「神から与えたれた才能」という意味。
これは「正義」だけに与えられるわけでもないし「悪」だけに与えられるわけでもない。
与えられたものが「正義」になるか「悪」になるかということなんです。
つまりスタート(出所)は一緒だけど、その与えられた才能(能力)を「何に」使うか?というところで方向が変わってくる。しかし、その目的だけでそれを「悪」と呼べるのだろうか?方法や手段が、その他大勢(持たざるもの)にとって危険、受け入れがたいとなったとき、それは「悪」と位置づけられる。逆にその他大勢の為にその能力を使ってくれれば、それは「正義」と呼ばれる。
別に正義は悪を倒すことを目的とはしていない。ただ「神から与えられた力」を信念に基づいて行使しているだけなのである。そして悪もその力を利用して人を虐げることが目的なのではなく、自分の目的達成の過程にいる邪魔者を排除しているに過ぎない。

意外と明快な理屈だとは思うけど、それをスパッと納得させてくれる映画には中々出会えないな・・と思っていた頃に丁度公開となったこの作品。
まさにバットマンとジョーカーは「それ」だった。
与えられた能力をフルに使ってゴッサムを守るため、あらゆるものを犠牲にし、孤独に生きることを選んだウエインだけど常に彼の中には葛藤が渦巻いています。「本当にそれは正しいことなのか・・・」と。そこに常軌を逸した存在であるジョーカーが現れます。いままでの悪者とは本質が違う「邪悪」のような存在。そしてジョーカーが投げつける「俺もお前も大差はない。二人とも普通に生きることなんて出来ないだ」というバットマンの苦悩の原点ともいうべき言葉。
「持ってしまった(与えられてしまった)」が故に普通の生き方は許されない存在であるという事をまざまざと自覚させられる瞬間です。
結局、バットマンはジョーカーを最後まで倒すことが出来なかったが、倒さなかったというほうが正解なのかもしれない。
次回作に出てくるベイルなんて肉体的な強さはあるかもしれないけど、バットマンを心底追い詰めるような存在にはなり得なかった。
何が正義で何が悪なのか。それは観る者、影響を享受する者たちによっていくらでも色や形を変える。そしてその間で「信念」に従って行動するバットマン。
日本の「それ」とどちらが正しいという議論ではないし、正解もない。
ただ、もの凄く根源的に深い禅問答のような問だけがそこにある。
そしてそれが「ダークナイト」だった。
Somosan

Somosanの感想・評価

4.0
ヒースレンジャーの狂気に満ちたジョーカー役のハマり具合がやばい。
他のヒーロー物に比べて、狂気や残酷さがあって単にハッピーエンドでは終わらない。
レク

レクの感想・評価

4.3

このレビューはネタバレを含みます

バットマンとジョーカーの対立を介して英雄的行為と犯罪行為の二面性、秩序と破壊を描く。

どうしても犯罪行為側、ヒース・レジャー演じるジョーカーのインパクトが強く悪役に目が行きがちだが本質はそこではないと思う。
もちろんジョーカー大好きなんですけどね。
ヒーローは嘘をつかなければならないということが根底にある。

前作で描かれた英雄的行為における正義と悪の境界線、闇の騎士という英雄が"自らに課すフィクションからの脱却は不可能だ"とするメッセージをこの結末が全て物語る。
例えばマスクで正体を隠すなどの偽りからの脱却(マスクを取って素顔で英雄を名乗ることなど)は不可能だと言っているようにも思えるんです。

今作はトゥーフェイスが犯した殺人の罪をバットマンが負うことで幕を閉じます。
トゥーフェイスであるハービー・デントを公には英雄、光の騎士として死なせること。
それによって、バットマンは闇の騎士として自身の公衆での評価や認識が180度変わってしまう。
このラストを描くことによって、再びバットマンが現れた時、その行動が正義か悪か、英雄的行為か犯罪行為の区別ができなくなる。
その二面性を同時に我々観客に認めさせることになるんですよ。
それが真実と虚偽の融合なんです。

「ダークナイト」とほぼ同時期(2008年)に公開されたジョンファブロー監督作「アイアンマン」と比較するとわかりやすい。
あと「インクレディブル・ハルク」もか。
アイアンマンの場合、恐らく英雄的行為がたとえ法を犯す超法規的な暴力であっても劇中で肯定される。
ひとつの大きな要因はトニースタークという人物の認知とアイアンマンが絶対的ヒーローとなるから。
正義のために必要であり、だからこそ正当化され、それがなければ正義が悪に打ち負かされてしまうという保守的とも取れる形を取らざるを得ない。
MCUに関しては後にルッソ兄弟の「シビル・ウォー」でその辺に言及する形になるんですが。

それを踏まえた上で、バットマンは「バットマン ビギンズ」でのリーアム・ニーソン演じる悪役ラーズ・アル・グールや「ダークナイト」のヒース・レジャー演じるジョーカーとの対比にもなる。
バットマンは正義のために法を犯す超法規的な暴力も正義として行使する。
ラーズは大義名分のために己の正義のために犯罪行為を行う。
ジョーカーは法と犯罪の間にある不均衡な部分、言わば犯罪は法律という牢獄に囚われた服従の悪であり、それに抗うものとして一般人から切り離されたヒーローという存在とは真逆の存在として描かれる。
これらはバットマンが銃を使わない、殺人を犯さない理由をこの観点から解釈できると思うんですよね。
まあ実際には警官何人か死んでそうですが。

またバットマンはヒーロー、主にマスクというフィクションで自分というアイデンティティを覆い隠している。
一方で、ジョーカーはDNAや指紋の記録もなければなんの情報も持たない。
彼は自らの正体を巧みに隠しているのではなく、隠すべきアイデンティティがないことを示して、バットマンとの対比を描いているんです。
バットマンシリーズはなぜか敬遠していたが、名作とのことなので観ることにした。
ジョーカー役の俳優はこの作品が公開される前に薬物で亡くなったとのこと。
惜しい。
ストーリーも、進化したテクノロジーも面白い。
ミッションインポッシブルシリーズもそうだが、アメリカ人が科学技術を信じていることがよく分かる。
また善人が実は悪人だったという話が好きなのは、リアルにそう思う人が多いから。
かの

かのの感想・評価

4.0
ジョーカーこっわ…口なめる仕草の不気味さよ…相変わらずスーパーダークだけど、前作より圧倒的に好きだった
友人に「ジョーカーが最高だから」と勧められて視聴。バットマン周辺の基礎知識もなかったが問題なかった。たしかにジョーカーはかっこいい。狂気的な正義 vs 狂気的な悪、あるいは、正義のための正義 vs 悪のための悪、という感じ。口を裂かれた経緯が毎回違うのはたまりませんね。ナースのコスプレに、病院出た後のあの歩き方よ!
かず

かずの感想・評価

4.1
ジョーカーが主人公じゃんっていってもいいくらいジョーカー最高でした。
途中途中の演出が本当に神。
名作と言われるだけある。
狂気そのもののようなジョーカーが凄すぎて、ダークナイトが霞んでしまっいるのが残念です!
病院爆破のシーンはトリハダが立ちました。
Lily

Lilyの感想・評価

5.0
ジョーカー爆誕🃏🃏🃏
何回目の鑑賞だろう。今はマーベルにハマってるけどそれまでは全くアメコミやヒーロー系に興味がなかった。そんなわたしですらこのシリーズは昔から観てるし、ダークナイトは映画館でも観たんだな!

まあ普通に傑作よね。ジョーカー演じるヒースの素晴らしさはたくさんの方が熱弁しているので端折りますが笑、もう冒頭の強盗シーンから傑作。これだけで映画だわ。それからヒース以外のキャストも素晴らしい。そりゃ名のある豪華キャストってのもあるけど、たくさんのアドリブで本当にみんなで作り上げた作品ってやっぱりなんでも素晴らしい。そーゆー映画が大好きです。さすがハリウッドだなってくらいお金かけた感はあるけど笑。

人を殺せないバットマン。逆に殺されたいジョーカー。死を全く恐れない人間が無敵なんだな。あの気持ち悪い笑い方、くちゃくちゃした喋り方。病院出た後の歩き方がツボだなー!あとあの緊迫したbgmも良き。てかどれも最高。

個人的にはマイケルケインとモーガンフリーマンの声が好きだな〜\(^o^)/この2人が出てるジーサンズってふざけた邦題の映画面白いよ!笑
ダークナイトリトロジーの2作目!

多分、「インターステラー」を観てからというものの僕はこの監督に恋をしちゃっいるのかも…💓

MARVELやDCEU作品とは別物の独立したシリーズであるが故の幻想的過ぎず創造的で、闇深く、めちゃくちゃカッコイイ、ノーラン節の効いた作品!
派手なアクション、裏をとられるようなハラハラした展開と物語の終結、そして護るべき愛する人…などあらゆるものが詰まっている…!
バットマンと聞いて子供染みた作品だろうと考えているなら是非とも見るべき!
多分僕みたいに手の平くるくる返すことになります


序盤から手に汗握る展開…
民を危険に晒す、最大の敵ジョーカーを倒せるのはバットマン1人。その前に立ちはだかる警察やジョーカーが作り出す民衆の盾…
孤高に戦い苦悩し、それでも戦い続けるバットマンが本当にカッコよく描かれていた…
作中に登場したバットマン愛用のバイク、「バットポッド」。体を水平にして乗れたり銃が装備されていたり車軸が回って横向きにスライドできたりと男のロマンに満ちている!
一回乗らせろ!!

そして何より敵のジョーカー役のヒース・レジャー!
こんなにも心根から残虐でクズでこれほどまでにスクリーンの前にいる人を憎めさせる程の悪役はそういないと思う
この作品のジョーカーの終わり方としては次作でもジョーカー登場させるような演出だったように思える…
本当に惜しい人を失ってしまった…


後、鑑賞後に気づいたのだが実は1作目を観ていなかった!
今度1作目の「バットマン ビギンズ」もしっかり観たいと思うが、こんな私でも楽しめて鑑賞できたので3部作観る時間がないという人もこの作品だけを観るのもいいのかもしれない

因みにダークナイトの英題は“The Dark Knight”
英訳すると「暗黒の騎士」って感じかな
くれぐれも邦題から「闇夜」(Dark Night)と間違えないようにw
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