純

ベルリン・天使の詩の純のレビュー・感想・評価

ベルリン・天使の詩(1987年製作の映画)
4.5
挫けそうなときにふっと誰かの優しさが自分を掬い上げてくれたり、あと一日だけ頑張ってみようかなと思えたりしたら、もしかしたらそれは天使のおかげなのかもしれない。心の隙間を縫い合わせてくれるような言葉をかけてくれたあのひとは、実は昔天使として私を見守ってくれていたのかな、今ふと明るい気持ちになれたのは見えない天使が私の肩にその優しい手を置いてくれたからなのかなって、そんなちょっと夢みたいな純粋な気持ちにさせてくれる、まどろんでしまいそうな温もりのある作品だった。

永遠の命を持つ守護天使が人間に恋をして生身の人間に焦がれるこの作品、なんと言っても世界観が本当に特別。ストーリーだけ見ると単純に思えるかもしれないけど、この映画の丁寧な作りは作品に奥行きを持たせることができている。歳を重ねるということ、誰かを必要とするということ、世界に触れるということ。そんな、私たちの周りにありふれているのに本当は当たり前じゃない大切さを、静謐に、優しく、でもちゃんとした芯の強さを持って描いてくれていた。

「子どもは子どもだった頃…」という始まりが印象的なわらべ唄がこの作品では何度も登場する。かつ、その歌詞は少しずつ変わっていく。世界が真新しくて新鮮なものとして映る子どもたちには、自己と他者という感覚も備わっていなくて、ただ呼吸をしているだけ。でも、だんだんと不思議に思えてくる。どうして僕は僕で、君じゃないのか。どうして君は僕じゃないのか。わからないことが沢山あって、それは幸せと同義だった。世の中の仕組みを知って、関係を築いていけばいくほど、不思議が解決すればするほど、世界の輝きは薄れていった。でも、そう考えてしまうのは、きっと疲れてるだけだよね。本当は皆分かっている。あの頃憧れたものに同じだけの熱量を注ぐことはできなくても、ちゃんと別の憧れが胸を焦がすこと。特別なものはずっと一番ではなくても自分にとって大切なものとして残ってくれること。今も同じ。大人になっても。

この詩は守護天使の巡り巡る心情とリンクしているのかななんて思う。長年人間の世界を傍観する立場にいるからこそ、飽きと憧憬が絶え間なく訪れて、変わっていく人々と変わらない自分を妙に比較してしまって。でも、彼らだって同じ心を持っていて、だからダミエルはマリオンに恋をした。優しくて穏やかな、誰にでも平等な守護天使が特別守ってあげたい、側にいたい、触れたいと思える相手を見つけた。とってもロマンチックで、素直で、尊い真実。だからこそ、おじさんが守護天使ってところも作品が進むうちにしっくりくるんだよね。「永遠に、ではなく、今だ!と言いたい」「ああ、おお、と感嘆の声をあげたい、アーメン、ではなく…」。素直な気持ちはどこまでも澄んでいて、こんなに切実なんだなって、美しいんだなって、ハッとしてしまうほどだった。

生身の人間になりたいと願う彼の瞳に映るモノクロの世界は物寂しい。いつも冷めているが故に寂しさを感じられないというマリオンの「今日のきみが一番好きだって言ってほしいの」という影のある言葉も。人間の視点に移ると世界が色彩を帯びる演出も、単純だけど効果的で、ふたりの抱える孤独や葛藤が深いからこそ、私たちを囲む世界の温もりが、たくさんの色を通じてスクリーンから溢れ出していたように思った。

色だけでなく、先述したわらべ唄を含む言葉の一つ一つが詩的で、心地良い余韻を持っている。溶けてしまいそうなのに芯がある。曖昧なようできちんと輪郭を持っている。ちゃんと感情を鳴らしている言葉たちだった。繊細な心情の機微を、本当に丁寧に表してくれている。私たちの命に、曖昧さに敬意を表しているからこそ創造できた世界だなあと思う。なんて優しい。なんてやわらかい。マリオンの行き場のない思いを、ダミエルの救われないと思われた願いを、言葉にすることを諦めないでくれて、本当にありがとうと言いたいよ。

いつも冷めているから寂しくなくて、だから寂しさが欲しかったと話したマリオン。「寂しいって自分をまるごと感じることだから」。私は、本当はマリオンはもうすでに自分という人間をきちんと感じられていると思う。寂しいって0か1かじゃないから。マリオンの言葉が真実だとしても、寂しいって感じられないことに対して、少なくとも寂しいと感じているはず。「優しい言葉をかけてほしかった」って言葉も、寂しくないひとの口からは漏れないよ。確かにマリオンの周りの人間と比較したら寂しさに対する感度は低いのかもしれない。でも、それは間違いじゃない。マリオンは深い感度を持っているし、寂しさは相対的に測るものではないからね。私自身も他人と比べて寂しいと感じる能力が欠けているような気がすることはたくさんあって、たまに不安になるから共感しちゃったな。この映画がそんなひとたちを肯定してくれる作品でいてくれて、本当に嬉しい。

子どもは子どもだった頃、純粋でまっすぐで素直だった。大人になっても、本当は何も変わってない。少し、見えにくくなってしまっているだけ。探し出すのが、心の奥から引っ張り出すのが、ほんの少し難しくなってしまっているだけだ。昔の自分は、あの頃の真っ白だったころの私は、ちゃんと今につながっている。「子どもは子どもだった頃 樹をめがけて槍投げをした ささった槍は 今も揺れてる」。わらべ唄も、そう歌ってくれている。
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