カツマ

ドニー・ダーコのカツマのレビュー・感想・評価

ドニー・ダーコ(2001年製作の映画)
4.1
妄想と時空の狭間に落ちていく。愛と孤独、それは相反するようでいて同義。愛を知れば孤独を恐れるようになる、精神がグラつきやすい年代であるほどに。これはそんな思春期のエナジーとミステリーが込められた誰かの私小説のような映画であり、また現実と虚構の境目で確かなものを掴もうともがき続けるある青年のお話でもあった。伏線を回収するにはたっぷりの想像力と、とある理論の知識が必要。その回収方法ですら、実は袋小路へと導かれる運命のキスなのかもしれない。

難解映画の大定番である本作を満を持しての再鑑賞。まだ若きジェイク・ギレンホールがその怪演で彼のイメージを決定づけた作品として、強烈なインパクトを残してきた一本でもある。伏線回収型の作品ではあるが、回収方法が異様であり、説明が極端に廃されている、という意味で非常に不親切。それもこれも、デビュー作でその溢れ出るイマジネーションワールドを炸裂させたリチャード・ケリー監督による不器用なマジックの賜物だろう。読めば読むほど、理解しようとすればするほどに遠ざかる。遠いはずの雲を近くに感じるような錯覚が全編を支配している作品だった。

〜あらすじ〜

高校生のドニー・ダーコは両親と姉妹との5人家族。食卓では何かと暴言も多い彼だが、実は服役経験もあり、現在まで精神科医のカウンセリングを受けるようになっていた。
そんなある日の夜、ドニーは導かれるようにゴルフ場へと向かうと、そこには人間と等身大の銀色のウサギがおり、ドニーに向かってこう囁いたのだ。『世界の終わりまであと28日と6時間と42分12秒』。フランクと名乗ったそのウサギはいつしか幻のように消えており、翌朝ドニーはゴルフ場の芝生の上で目覚めた。
だが、ドニーがゴルフ場にいる頃、ダーコ家では衝撃的な事件が起きていた。飛行機のエンジンが空から落下し、ドニーの部屋を直撃。幸い怪我人はおらず、当のドニーは偶然にもウサギと会ったことで一命を取り留めていて・・。

〜見どころと感想〜

リバースムービーと呼ばれる本作。ドニーが精神を病んでいるため、完全ドニー目線の映画かと錯覚しがちだが、実はドニーの周囲の人間の物語への関わり方が大きな鍵となっている。ある行動を起こしたことによって、ある出来事が起こる。全ては結果論なわけだが、それを結果論で終わらせたくない青春時代の叫びのような映画であった。切なく叙情的で、だいぶ捻くれていて、果てしなく優しい物語。

主演のジェイクはこの映画での印象そのままにその後も怪演俳優として様々な作品に登場。今も彼の個性は盤石だと言っていい。今作ではそんな彼の姉マギー・ギレンホールが姉役で出演しており、実際の姉弟の共演を見ることができる。マギーもまた、その後『ダークナイト』など多くの名作に恵まれることとなる。

今もまだ数多くの謎を残し続けるこの『ドニーダーコ』。リチャード・ケリーの表現の稚拙さや粗さが逆に功を奏して、こちらの想像力を刺激させる結果となっているのだと思う。その真実は闇の中。落とし所は見つかっていても、どこかにまだ靄がかかっているかのような、ミステリで言えば犯人は見つかったがまだ謎は残されているような、そんな心地悪さを感じる。永遠に解けるはずのない謎を持つことの魅力。今作は時を越えていつまでもその魅力を我々へと享受し続けていくのだろう。

〜あとがき〜

かなり久々の鑑賞となった今作は、1度目の鑑賞では全くの意味不明で、ネタバレサイトなんかも当時は無かったのでひたすらモヤモヤが残った記憶があります。
ですが、今見ると伏線を読めるところもあり、漠然と理解できたような気がする、という次元まで読解できたような気持ちになっています。
(もちろんまだモヤモヤは残っています)

一種のタイムトラベルものなのは間違いないのでしょうが、何人かの人物の関わり方にまだ意味がありそうで、実は相当緻密な伏線が張り巡らされているのかもと思わせてしまうのです。
実はこちらの考え過ぎ、という可能性もありますが、それもまた監督の術中なのかもしれませんし、謎を全て解こうとするのは蛇足なのかもしれませんね。
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