最初に『ゴーストワールド』を知ったのは20代前半の遥か遠い昔の十数年前に、単身でデザインの勉強のためロサンゼルスのデザイン事務所に1ヶ月ほど滞在したときです。映画の中の〝ソーラ・バーチ〟のようなメガネ女子が、自分にコミック版『ゴーストワールド』を勧めて英語で訳も分からずも初めて知りました…映画化されてる事を知らず鑑賞。
大型ショッピングモール、外食チェーン店、ファーストフードにファストファッション…客が居ようが居まいと深夜もコンビニは24時間営業。
特別美味しい訳でもないが不味くもない平均点な味や、どんな服装にもコーディネートできそうなシンプルな服…経済的にも便利で効率良い社会は…個性が無いのが個性と言うことか。
本当はひとりひとりが違った個性をもっているはずなのに、多くの人々は流されるままに平然と生きている。
昨日まであった個性的な店や人は消え行き、同じ様な店に、同じ様な食べ物に、同じ様な服装…どこの街も同じような亡霊が彷徨うかのようなゴーストワールド。
ロサンゼルスの高校を卒業した、幼馴染みのイーニドとレベッカの2人の女の子の物語。
2人は世間を遠目から眺めるかのように、自分たちは世間と馴染めない個性があるんだと冷めた感情が良く表現されていて面白い。
資本主義の疑問やゲイや黒人・ユダヤ人などの差別・人種問題も、全てユーモアに変え深刻に思わせないところがいい。
レコードオタクのオッサン、ゲイのヌンチャク男にスーパーの店長、美術の先生…風変わりな登場人物も映画を飽きさせない。
個人的には〝ヤリマンとレイプ魔のカップ〟と言うワードが妙にツボにハマってしまった…。
特に個性的で独自の世界観を持つイーニドは、世間に馴染めず我が道を行く姿は周囲から見れば〝変わってる〟と見られがちだが〝変わってる〟のは世間の方というスタンスは何故か心地よい。
人はそれぞれ個性が有り世間一般から外れた考え行為は〝変わり者〟と思われてしまうが、現実はひとりひとりが個性を持っていて同じ考え・性格など1つとしてないのだからイーニドのように特に若い時こそ自由でいてほしい。
そんなイーニドも世間に押しつぶされそうになり、好き勝手にやってる訳ではない切なさも〝ソーラ・バーチ〟が上手く演技していたように感じる。
〝君だけが特別じゃない。ひとりひとりが特別なんだ。〟と自分は言いたいです..★,