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少年と自転車のnetfilmsのレビュー・感想・評価

少年と自転車(2011年製作の映画)
4.1
 シリル(トマ・ドレ)は不在の父親を方々探し回るが見つけられない。学校の裏口から脱出し、バスに乗り、父親と暮らしていた団地に向かうが、管理人は「もう引っ越した」の一点張りで取り合おうとしない。仕方なく5階のその部屋へ行きドアをノックするが、隣の部屋の家主からうるさいと怒鳴られる。シリルは父親からもらったプレゼントである自転車を探すことで、いなくなった父親とのつながりを回復しようとする。当然11歳の少年には物事の分別などないし、親たちの理由など分かりようもない。ましてや主人公は少女ではなく少年である。少女ほど大人の世界を想像で理解しようにも難しい。こんな厳しい境遇にある11歳の少年を不憫に思ったのか、偶然シリルと出会ったサマンサ(セシル・ドゥ・フランス)が自転車を買い戻し、シリルに届ける。彼は大喜びし、これで父親との生活に戻れるのだと楽観視するが、ダルデンヌ兄弟の映画ではそんなハッピーな展開は訪れるはずがない。

 この場面では『ロゼッタ』スタイルからの脱却の成功例が早くも垣間見える。自転車を取り戻したシリルが児童養護施設へ戻るのかと思いきや、後ろを振り返り走り出したサマンサの車を追いかけ、窓ガラスを叩き会話を促す。この一連の流れは35mmフィルムの地に足のついた動きでなければ到底成立し得ない。実にエモーショナルなサマンサとシリルの場面の心が通じ合った瞬間である。序盤から中盤に差し掛かったところで、とうとうシリルは父親と再会する。レストランに勤める父親がドアを開けた瞬間、出て来た父親の姿にため息が出た。『ある子供』で自分の息子を人身売買で売ったジェレミー・レニエその人である。前作『ロルナの祈り』ではヤク中の夫を演じていたが、この俳優はダルデンヌ兄弟の映画の中では一貫してダメな大人として描かれる。彼だけでなくオリヴィエ・グルメとファブリツィオ・ロンジョーネといったダルデンヌ組の常連俳優が、端役にも関わらず実に印象的な役柄を演じている。

 『ある子供』とは直接繋がりのない今作だが、レニエの姿にどうしても『ある子供』と重ね合わせてしまう。結局父親は実に身勝手な理由で息子との縁を絶ち、サマンサにシリルを押し付ける。『息子のまなざし』から何度も観られた車内の風景からシリルの絶望が伝わる名場面である。今作もこれまでの2作と同様に、平穏である意味定石通りだった展開から後半は脚本が一変する。荒廃したシリルはヤクの売人と出会い、犯罪のイロハを教えられる。日本でもベルギーでもフランスでも、やはり男の子の成長には環境が大事になる。ここの描写は幾分突拍子もない展開には見えるものの、実際悪者は人間の弱みに付け込む。クライマックスの目には目を、歯には歯をという復讐の論理には胸が詰まりそうになる。父親が一瞬躊躇した丸石を草むらに投げた時、あまりにも残酷なラストに目がくらみそうになったが、やはりダルデンヌ兄弟の弱者への眼差しはここでも徹底して優しく主人公を見つめる。
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