ボブおじさん

おくりびとのボブおじさんのレビュー・感想・評価

おくりびと(2008年製作の映画)
4.3
〝触らないで!汚らわしい〟
初めて観た時は妻の美香(広末涼子)のこの台詞に対して、酷いこと言うな と思ったが、夫の大悟(本木雅弘)の立ち位置を自分の愛する人(夫・兄弟・息子・恋人)に置き換えたなら、〝よく考えて〟と諭すだろうなと思いながら見た記憶がある。

2009年の第81回アカデミー賞で、かつて外国語映画賞が名誉賞だった時代を除くと、邦画として史上初めて外国語映画賞に輝い名作。納棺師の世界を知って感銘した主演の本木雅弘自身が映画にすべく奔走し、滝田洋二郎が監督に。納棺師というユニークな題材を通じ、“生と死”という普遍的テーマを豊潤に描き、アカデミー賞以外でもモントリオール世界映画祭作品賞など世界各国で100を超える賞を受賞し国内外で高く評価された。

〝納棺師〟と言う職業があることをこの映画で初めて知った方も多いと思う。誰にも死が訪れるのだから必要な仕事だとは思いながら、自分の身内や知人がやるとなると、美香や友人(杉本哲太)のようにいい顔はしないだろう。

最初は、大悟本人でさえ納棺師という仕事に対して懐疑的であった。だが、仕事を通じて関わり合う、それぞれの家族の中にある、それぞれの物語に触れるにつれ、自分の仕事に対しての想いが徐々に変わってくる。

この大悟の心境の変化が、そのまま見ている側の心の変化に繋がってきて、いつしか美香に対しても〝わかってあげて!〟と思うようになる。

この辺りの心の掴み方は、脚本の小山薫堂の得意とするところだろう。大悟の前職をチェロ奏者としたり、実家のレコードコレクションなどが、さりげなく劇中の音楽に繋がっていく見せ方は脚本家と監督そして音楽を担当した久石譲の共同作業か?

特に大悟が山形の自然を背景に奏でるチェロ演奏の場面は、実に壮大で美しい。冒頭の〝女と思いきや〟の場面の掴み方といい、解散するオーケストラの白と黒の衣装の中での中心の赤と青のドレスなど、重要ではない場面も含めて滝田監督の映画作法の心得が伺える。

そして、なんと言ってもこの映画の最大の白眉は、大悟を演じた本木雅弘の納棺師としての〝美しい所作〟に他ならない。

彼が特段に演技の上手い名優だとは思わない。だが個人的にこの稀有な俳優は、真田広之の殺陣などと並び、日本で最もたたずまいの美しい俳優ではないだろうか?

正しく演じるのではなく、美しく演じる。その片鱗は若き日の「シコふんじゃった。」や「ファンシィダンス」からも垣間見える。

この美しい所作は、山形の美しい風景や日本人の生死観などと共に海外の人々にも伝わったのだと思う。

ついに大悟は社長(山崎努)の指導のもと仕事に対して喜びと誇りを感じるようになる。最後に美香の発した言葉が涙を誘う。

〝夫は納棺師なんです〟

美しい所作のアンコールに応えるエンドロールまでしっかりと見て頂きたい。


公開時に劇場で鑑賞した映画をBSプレミアムにて再視聴。