天豆てんまめ

おくりびとの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

おくりびと(2008年製作の映画)
4.2
Hollywood meets Japanese Beauty✨
アカデミー賞外国語映画賞受賞。

遺体を棺に納める納棺師。この作品でフォーカスされるまで意識したことはなかった。主演の本木雅弘さんがこの企画を発案したのは有名な話だが、よくこの題材に目を留めたと思う。

そこはかとなく流れるユーモアと、納棺師の洗練された所作の美しさ、そして誰もが辿り着く最期の時間の尊さ。誰にとっても必然であり未知である「死」をこのように優しく送り出してくれることへの驚きと有難さ。

発案者だけあってモっくんの役柄への没入ぶりは素晴らしい。彼の清潔感と研ぎ澄まされた所作がこちらの気持ちをすっと正してくれるよう。チェロの奏者から納棺師というふり幅と共に、自身の父親への想いに蓋をしたまま生きてきた彼が最後に露わにする感情が深く伝わってくる。妻の広末涼子も夫の変化に戸惑い、葛藤する自然な感情が出ている。「汚らわしい!」と夫に叫ぶ言葉にドキっとさせられ、観ているこちらもショックを受ける。

そして、山崎努の存在感が相変わらず凄いと思う。フグの白子を焼いて食べるシーンが最高。ものすごく美味しそうに食べる。

食べることは生きることなのだと改めて感じ入る。そして「死ぬ気になれなきゃ食うしかない、、困ったことにな」とぽつり。一言一言の深みが心に染み入ってくる真の名優だと思う。

その周りにも吉行和子、余貴美子、笹野高史と味のある俳優陣が素晴らしく、そして納棺を依頼する山田辰夫の妻を亡くした男の寂しげな表情がいつまでも心に残る。

この静逸な世界観の中にユーモアをうまく溶け込ませた滝田洋二郎監督の演出もさることながら、小気味いいテンポで物語を進行させる小山薫堂の映画初脚本のクオリティがこの映画を成功に導いた鍵だと思う。そして、久石譲の音楽もまた素晴らしい。

過剰な説明を排して、風景や表情や所作をじっと捉えた本作は「死」を見つめるこちらの反応をすっと包んでくれる感覚があった。

家族が亡くなることはとてつもなく悲しい。

自分が亡くなることはとてつもなく怖い。

でも、ただ悲しくて、怖いだけではないのかもしれない。と。

納棺の儀を愛する人達が見守る中で、生前の数々の輝いていた瞬間や思い出が想起され、感情が溢れる優しい瞬間がある。

自身の近親の葬儀にはショックと喪失感と慌ただしさで、味わう心の余裕なんて無く過ぎてしまうことの方が多かった。

でも、この映画を観てから、これから幾つの葬儀に立ち会うかわからないけれど、哀しみを味わい、思い出を味わい、儀をきちんと味わい、沸き上がるすべての感情を大切にしていきたいと思った。

米国アカデミー賞の外国語映画賞を獲り、他の国でも受け入れられたのは、普遍的なテーマと日本の精神性の美しさが融合された完成度と作品に流れる優しさだと思う。

思えば、もう10年以上前の作品である。心流されるまま、気忙しい毎日を過ごす中、ふとこの映画を観たくなることがある。

3.11から10年が経ち、今も尚、身も心も行き場の無い方がたくさんいる。あまりに現実で、あまりに悲しく、あまりに辛い、あの時も、今も変わらず、そこに変わりなくある現実。

あの日以来、表現者や製作者の多くは何を表現していいか葛藤してきたと思うのだけど、ここ数年は多くの映画はよりエンタメに振り切るか、笑いに振り切るか、幻想に振り切るか、(少女漫画に頼り切るか)、或いは逆に、現実の負の側面により踏み込んだ作品が多い気がするのだけど、少しばかり「生と死」を優しく丁寧に描いた映画がもっとあったらいいのにな、とも思う。

人の心をわずかな時間でもささやかに癒してくれるような、そんな映画がもっとあったらいいのに、、と。