えいがうるふ

おくりびとのえいがうるふのレビュー・感想・評価

おくりびと(2008年製作の映画)
5.0
ああやはり、なんと美しい映画なのだろう。
久しぶりに見返して、エンドロールの本木さんの所作の美しさにまたじわりとあふれる涙を拭っていた時、ようやくこの作品が私の号泣偏頭痛要注意作品だったことを思い出した。
が、とき既に遅し。こうなるともう、とっとと薬のお世話になるしかない。

とにかく、本木・山崎両氏の演技が秀逸。
人が次々と亡くなっていく様子を、涙を流しつつもこれほどあたたかい気持ちで見つめられる作品を、私は未だに知らない。

実は十数年前にこの作品に出会うまで、私は不勉強にして納棺師という職業がこれほど被差別対象職であることを全く意識せず生きていた。つまり幸いにしてこの職業に対する偏見を全く持っていなかったので、作中で主人公が身内にまで「恥ずかしくないのか」「穢らわしい」と罵られ忌み嫌われる様子がただただ理不尽に思えたものだった。

だが恐らく実際には、たまたまそれを意識する機会のないまま育った私にはおよそ想像し得ないほどに、地域によってはその職業差別は激しく根深いものだったのだろう。
そんなあからさまな差別意識をもって主人公に相対する人々に、何も語らずただそのプロフェッショナルな仕事ぶりでその価値と意義を悟らせるシーンの、なんと尊く美しいことか。

彼らがこれほどかけがえのない価値ある業務に携わっていながら、何代にも渡り禍々しく穢れた存在として蔑まれる存在だったことを思うと、率直にとても心が痛んだ。
そして、この作品が日本初のアカデミー外国映画賞を受賞し世界的に評価されたことで、その職業差別と偏見の払拭に大いに貢献しただろうことを思うと、その芸術性以上の価値と素晴らしい功績に、改めて涙してしまう。

ところで、初見ではやや浅い演技に見えてしまい残念に思った広末涼子演じる妻の言動さえも、時を経て見返すことで全て受け入れられるようになったのは、私が歳をとったからなのだろうか。

さらに、私はスピリチュアル的なものを何ら信じていないほうだが、この歳になってたまたまこの作品を再見する機会に恵まれたことに、どうしても偶然以上のものを感じてしまう。
何故なら先日、訳あって二十年近く会っていない自分の実父が入院したという知らせを受けたばかりだからだ。
私は長いこと、いずれその日が来ても、父の葬式には出たくないと思っていた。
人に諭されてもその気持が揺らいだことはなかったのに、たまたま今この作品を見返したただそれだけのことで、明らかに自分の気持ちに変化が生まれたのを感じ、今少し動揺している。

映画で人生観が変わるなんて言い草は、大げさだと思ってきたのに。