エディ

愛しのタチアナのエディのレビュー・感想・評価

愛しのタチアナ(1994年製作の映画)
3.8
フィンランドの監督カウリスマキによる無口な男たちと女たちの奇妙な道中を描く小品。会話が全く噛み合わない間の悪さが全編に漂っているのだが、不快ではなく妙な間合いが面白い。ひょうひょうとしていてユーモアを感じる不思議な作品。

主人公ヴァルトはブサイクな40過ぎた独身のおっさんで、母親の縫製業を手伝って毎日ミシンを踏む単調な生活をしている。そんなヴァルトは病的なほどのコーヒー愛好家だったが、あるとき母がコーヒーを切らしていたことで切れて家出をする。友人でロックンローラーでもある自動車修理工レイノのところで修理していた愛車に二人で乗ってあてもなく旅を始める。
気ままな旅を続けていた2人だが、途中レストランで声をかけられたエストニアとロシアの女性二人組から送ってほしいと頼まれて今度は4人で道中を共にする。。。

主人公と友人たちはすごくブサイクで底辺っぽくやる気がない気だるい連中だし、タチアナたちも魅力があるわけではない。おまけに、フォンランド男たちは二人とも過度なシャイなのか国民性なのか全くしゃべらない。その上、ロシア女とも言葉が通じないので、男2人で乗って居ても、4人で乗って居ても気まずい車中だ。ほんとうに気まずい。
しかし、退屈ではなく、この「気まずい間合い」がこの映画の面白さなんだと思う。

愛情表現ができないどうしょうもない男たちだが、タチアナに惚れたようで、これまたどうしょうもないようなしょぼい愛情表現をしたりと、しょーもねえなあと思いながらも微笑ましく思えてくる。

ブサイクで表情も乏しい奴等だけど、ラストの妄想シーンを観ると、こんな気まずい車中でも彼にとっては幸せな日々だったんだなと思える。

このように、なんともいえない不思議な魅力がある味わい深い映画なんだけど、一点いまいちなのは音楽が映画に合っていないように思えること。多くのシーンでチャイコフスキーの「悲愴」が使われるのだが、有名なサビのメロディだけでなく第4楽章冒頭の主題も多用されるのだ。
まるでこの映画のテーマ音楽のようだが、実はこの監督、「真夜中の虹」「浮き雲」などの映画でも「悲愴」を多用しているのだ。しかも、普通のシーンで使われるので、これがどうしても馴染めない。
自分的には、悲愴の第4楽章は「スターウォーズ・エピソードⅢ」でアナキンが暗黒面に転落していくようなシーンが相応しいと思っているので、この監督の音楽チョイスだけがどうしても好きになれない。そこだけが残念だが、映画はすごくいい味わいだと思う。