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タレンタイム〜優しい歌のchiakihayashiのレビュー・感想・評価

タレンタイム〜優しい歌(2009年製作の映画)
4.0
 「ヤスミン・アフマドは多民族国家であるマレーシアの豊かさを映画に描き出すことで、マレーシアの未来を拓こうとしていた偉大な監督だった」と述べたのは、2010年の東京フィルメックスで登壇したピート・テオ。シンガー・ソングライターで俳優でもあれば映画のプロデューサーでもあるという彼自身、7つの言葉を話し、この『タレンタイム』でも音楽を担当している。

 人口の56%を占めるマレー系と先住民族(人口の11%)を優遇する政策によって、マレー語以外の台詞が含まれる映画の上映の機会が著しく制限された時代に、多宗教・多言語国家マレーシアの人と人とが互いを思いやる関係を描き続けて映画界の「マレーシア新潮流」を牽引し、若き映画人たちに慕われたのがヤスミン・アフマドだった。

 この作品でも彼女は高校生たちの群像を、募る切ない恋心やライバル意識を超える友情などに焦点をあてて描くことで、彼女/彼らが宗教や民族の壁をけなげに、かつしなやかに乗り越えていく様子を優しく見つめている。

 ヤスミン・アフマドは1958年生まれ。イギリスで心理学を学び、帰国後は広告代理店に勤める。2003年に長編劇映画の監督デビュー、2009年、6本目のこの作品の公開直後に脳内出血で亡くなった。映画祭での上映のほか、自主上映で愛されてきた本作が、〝不寛容の時代〟が懸念される今、ムヴィオラの配給で公開。

 マレー系、中国系、インド系、あるいはイスラム教徒などといったカテゴリーにとらわれずに、ひとりの人として目の前にいるあなたを大切に思う気持ち−−−−そうした感情がどんな力を持ち得るかをよく知っている女性だったのだ、きっと。
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