千月

タレンタイム〜優しい歌の千月のネタバレレビュー・内容・結末

タレンタイム〜優しい歌(2009年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

多民族国家のマレーシア。高校で行われるコンクール、タレンタイムに出場する高校生と、その家族の人生のひとときを、優しい眼差しで捉えた作品。宝物のように心に残る映画。

高校生とその家族の人種や宗教は様々。写し出されることも様々で、人種、宗教間の対立、それによる争い、耳に障害のある男の子とピアノの弾き語りをする女の子との恋、優秀なクラスメイトに対する嫉妬、不治の病におかされる母親との語らいなど。多様なエピソードと人々を描きながら、物語が混雑することも、窮屈になることもなく、むしろ余白を感じさせるほど。ゆっくりと呼吸をしながら観ているうちに、本当に何度も感情を揺さぶられ、物語はやがて、タレンタイム本番に収束されていく。

印象的なシーンがたくさんある。

ムルーとマヘシュの語らいは微笑ましく、猫のように丸くなって眠る二人は、穏やかな可愛らしさ。この後、マヘシュの母が息子が宗教を越えた恋をしていると知り、事態が急転していく。その落差が胸を締め付ける。
息子を守りたい気持ちから、激しく感情をぶつけるマヘシュの母、母への謝罪と彼女へ想いが混じり合う気持ちを必死に訴えるマヘシュ。二人が対峙する雨。車の中で泣くしかないムルー。

最初は快活だったがマヘシュの母が、弟を宗教の違う隣人に殺され、なにも食べなくなる。その虚ろな目に宿る隣人への憎悪。

カーホウと父親の車の中のシーン。試験結果を見た瞬間、息子を殴ろうとする父親。台詞の聞こえないシーンだが、密室の中での出来事に、カーホウの逃げ場の無い、息が詰まるようなプレッシャーが、瞬時に胸に届く。

ムルーの家族は、人種も宗教も違うマヘシュを歓迎する。それでも、母親のように心配して、遅くまで二人きりでいるムルーを叱責するお手伝いのメイリン。彼女も家族の一人なのだ。

マヘシュは叔父を失くし、ハフィズは母を失くす。二人とも逝ってしまった人のために祈るが、宗教が違うので、その形はかなり違う。マヘシュは火葬を、ハフィズは身を清め、静謐な場所で祈る。けれどそこにある哀しみや失った人への想いは変わらないのだと、彼らの姿が教えてくれる。

タレンタイムの本番。
歌えずに舞台を降りてしまうムルー。追いかけようとする母親を止める父。「僕たちもそうだった」という一言で、この夫婦が乗り越えてきたものの大きさを思う。
ムルーを追いかけ、語りかけるマヘシュ。手話は、時としてしゃべるよりも雄弁。何を話したのかは分からなかったけれど、追いかけて、必死に伝えようとした行為で全て伝わる気がした。
母との約束を果たすために、と舞台に上がハフィズ。歌い出した瞬間、母親との病室での語らいを思いだし、観ているこちらも胸がいっぱいになる。そこに胡弓で静かに寄り添うカーホウ。人の声に似ている胡弓の音色が 、二人を包み込んでいく。
二人の間には確かに壁がある。けれどそれでも優しくしあうことが出来る。柔らかく、けれど力強く抱擁する二人。

人の間にある壁、負の感情を現実のものとして描きながら、根底には、人は優しくしあえるという、監督の確信があるのではないか。
今後、他者への労りや、優しさを考えるとき、この映画を思い出すだろう。監督の新作がもう観られないのが残念でならない。

サントラは購入したけれど、泣いてしまいそうで、まだ、聴けないでいる。
千月

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