Jeffrey

ママと娼婦のJeffreyのレビュー・感想・評価

ママと娼婦(1973年製作の映画)
5.0
「ママと娼婦」

〜最初に一言、超絶・傑作。ここまでアレゴリカルな象徴性を帯びた映画的世界の可能性を拡大しようとする思考を見たことがない。ユスターシュ映画の最高傑作で、フランスの第七芸術(映画)における一瞬の輝き(若くして自殺しているため)にして、独特の立ち位置に立ち、毒舌極まり無いアウトローによる3時間を超える若い男と女2人の間を渡り歩く物語を描いた素晴らしい作品だ。私はムルナウの「サンライズ」を観た以来の電撃的な衝撃を受けた。これはサイコドラマで、シネマ・ヴェリテなのか、どこまでも自然の優美が貫かれた極上ものである〜

本作は43歳の誕生日の数週間前にパリの自室でピストル自殺したジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメールらに絶賛されたジャン・ユスターシュの傑作で、特異なシネアストとして有名な彼の廃盤DVDを3枚購入して(今更ながらに)初鑑賞したが、どれも傑作過ぎてやばいのなんのって…。とりわけ本作はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しており、フランス映画史上の伝説と化した一編とさして、製作後20年を経て、日本初公開された映画である。今のところ配信もされておらず、再発もないので円盤買うか、劇場公開されるのを待つかのどちらかでしか観れない(レンタル屋にはある渋谷の)。映画監督のレオス・カラックスはこの作品は狂気の映画だと言わしめた3時間40分にも及ぶ強烈な青春映画だと絶賛しており、68年の5月革命以降の精神を最もよくとらえた作品で、優しさ、快楽、不安、狂気、フリーセックス、苦悩が揃って賞賛と激烈なヤジ、73年のカンヌ映画祭を興奮のるつぼに巻き込んだ伝説の映画として知られているようだ。

カラー映画全盛だった70年代初頭に全編同時録音、音楽は登場人物たちが効くレコード(ディートリッヒ、ピアフ、ツァラー・レアンダー)だけ、そして撮影レンズは人間の視覚を意識した50ミリでズーム等は一切なしと言う、まるで商業映画であることを拒否するかのような「ママと娼婦」は、68年の5月革命期の若者たちが陥っていた無気力感や、愛を求める苦しさをドキュメンタリーのように描いたユスターシュの最高にイノセントでヌーヴェル・ヴァーグの最後を予見した傑作であり、ユスターシュの青春と映画の中に封印された永遠のヌーヴェル・ヴァーグを捉えている様だ。この作品が映画祭に出品されたのが1973年5月9日のことで、既に上映前からプレスのー部は、題名がスキャンダルでカンヌにふさわしくないと騒ぎたてていたそうだ。

上映中には口笛が鳴り、ヤジが飛び、途中退場する人々の椅子が跳ね上がる音が響き渡ったりもして、だが最後まで残った人々は熱狂的な拍手を送っていたそうだ。そして見事に審査員特別賞(審査員長はイングリッド・バーグマン)を獲得した長編処女作である。監督曰く、この映画を作ったのは、自分が愛した女性が自分から去っていったからだと語っている。主役の3者の生活を見て、生きること、愛することの苦しさを聴く時、観客はいかなる映画とも異なる映画に立ち会っていると言う感覚にとらわれると様々な映画評論家が言っているようだ。そして最後のヌーヴェル・ヴァーグとヌーヴェル・ヴァーグの申し子としても絶賛されている。今思えば彼が63年に中編として監督した「悪い仲間」を自主制作してデビューを果たした頃に、その作品を見にしたゴダールが彼の資質を見抜き、

次回作「サンタクロースの眼は青い」と言う中編をジャン=ピエール・レオー主演で制作することにしたのは有名な話だ。ちょうどゴダールは「男性・女性」を撮影中だったらしく、自分の生フィルムの一部をユスターシュの撮影に回したそうだ。その後はジャック・リベットがテレビ用に撮ったジャン・ルノワールのドキュメンタリーを編集したり、生まれ故郷ぺサックの祭りを撮影した「ペサック村の乙女」を自主制作するなど、目立った活動はしていなかったそうで、そして71年から書き始めていた「ママと娼婦」の制作資金の調達に成功、翌年72年の後半から撮影に入り73年の1月に完成したそうだ。脚本執筆3ヶ月、撮影7週間、編集4ヶ月の末に生まれたのがこの傑作と言うわけだ。ちなみに今回DVDを3枚購入するに至って、絶版のジャン・ユスターシュの本を購入して読破した。その中で知った知識などを断片的に語っていきたいと思う。

とりわけアテネフランセ文化センターなどが協力して、写真提供等ユーロスペース、ビターズエンド、川喜田記念映画文化財団などが関わっていて、編集に遠山純生氏が関わっているため、かなり素晴らしい本だった。とりあえずこの監督の作品を全て見た人は必ず読んだ方が良いとされる本であった。自分は美品の中古で大体1800円前後で購入できた。これはかなりオススメできる分厚い読み応えのある本だった。さて前置きはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。さて、物語は華やかな街をさまよう孤独たち。窓から薄い光がさす暗い部屋。ベッドに横たわる男女(アレクサンドルのマリー)が見える。部屋の中は物が散らかり雑然としている。やがてアレクサンドルが目を覚まし、身支度を整えて出て行った。

彼がでかけたのはジルベルトを待ち伏せするためだった。ジルベルトが現れるとアレクサンドルはつかつかと歩み寄り、プロポーズの言葉をまくしたてる。彼女にその気は無い。それと言うもの、アレクサンドルは定職も人生の目標もない上に女にだらしがなく、今も年上の女性マリーの部屋に転がり込んで一緒に暮らしているからだった。ふられたアレクサンドルは、その足で通りかかったカフェにいたベロニカに声をかけ、電話番号を聞きだした。帰ってきた彼からベロニカの話を聞き、ー度はやきもちを焼いたマリーだったが、すぐに彼を許してしまうのだ。ヴェロニカと会う約束を取り付けたアレクサンドルは、カフェで待ちぼうけをくわされる。そして偶然通りかかったジルベルトから別の男と結婚すると知らされる。

すっぽかしをくらってから彼は、ベロニカとの駆け引きを楽しみ始めていた。それから2人は頻繁に会うようになる。ベロニカは麻酔士で、病院の屋根裏に住んでいた。ディスコやバーに出かけては出会った男と寝ているが、心を満たされた事はないと言う。誰かがそばにいさえすればそれは誰でもいい、と。アレクサンドルはベロニカの話に黙って耳を傾けていた。奇妙な生活の始まり…。ヴェロニカのことでマリーとはよく口論になった。彼女の電話を取り次ぐだけでも小さないさかいになった。アレクサンドルはマリーの嫉妬をどこかで楽しんでいたのだ。マリーがロンドンに出張に出た晩、アレクサンドルとベロニカはいつものように水辺を歩いた後、マリーの部屋で寝た。2人はいろいろなことについて少しずつ語り合った。

孤独について、自分の弱さについて、セックスについて、昔愛した人について、そして死への恐怖について。ある日ベロニカはアレクサンドルを自分の部屋へ連れて行った。アレクサンドルには見せたくなかった、行きずりの男たちと寝てきた部屋へ。ベロニカはアレクサンドルを心から愛するようになっていた。翌日マリーの部屋へ戻ると、彼女はベッドに横になっていた。アレクサンドルが隣に入ると、彼女は黙って背を向けた。彼は彼女のブティックを尋ねる。しばらくの間アレクサンドルには目もくれなかったが、やがて笑顔を見せてロンドンからのお土産のスカーフを彼の首に優しくかけてやる。アレクサンドルは思わずマリーを強く抱きしめた。その夜、彼女の部屋にベロニカから電話がかかる。

バーで酔ってアレクサンドルを呼び出したのだ。アレクサンドルは電話を切ったが、そんなヴェロニカが好きだと言う。再び電話がかかり、ヴェロニカがタクシーでやってきた。マリーとヴェロニカの間に刺々しい緊張感が漂う。ベロニカはそのまま2人のベッドに潜り込み、それから3人が一緒のベッドで眠る奇妙な生活が始まった。ホームパーティーをめぐる些細なことからアレクサンドルとマリーが大喧嘩をした時、間に入ってマリーを慰めたのはベロニカだった。マリーとヴェロニカの間に、初めて不思議な親近感が生まれる。2人はアレクサンドルに化粧してからかい、楽しそうに笑いあった。ある晩マリーは、同じベッドでセックスを始めた2人にあてつけるように、大量の睡眠薬を飲む。

慌てるアレクサンドルをよそにベロニカは落ち着きはらってマリーを見つめている。アレクサンドルはマリーの喉に指を突っ込み必死で睡眠薬を吐かせた後、ベッドに戻り再びヴェロニカと抱き合い始めた。2人に向かってマリーが叫ぶ。やりたきゃよそでやってよ!部屋を出た2人はカフェで話し合った。お互い愛する気持ちは本当だけれど、こんな揉め事はもうたくさんだ、と。しかしベロニカは言う。あなたが好きなのはマリーよ。あなたが私の初めて愛した男だなんて馬鹿らしくて言えないわ。病気になったアレクサンドルを見舞いに、ヴェロニカが部屋へやってきた。アパートの下でアレクサンドルがバラを売って帰ると、ベロニカとマリーが楽しそうに話し込んでいた。

2人の間には通じ合うものがあって、それが2人を結びつけていた。マリーがバラを活して、ヴェロニカがアレクサンドルにビタミン剤を注射する。それからベロニカはワインを飲みながら、仕事から苦痛や死に鈍感ではいられないことや初めて直面した死は祖父の姿だったことをポツポツと語りだした。次第に酔いが回った彼女は、絞り出すように涙を流しながら、どれほど2人を大切に思っているかを訴え続ける。今までたくさんの男達と寝たけれど、それは愛情とは全く関係のないことで、心はいつも空っぽだった。寝れば寝るほど悲しみを引きずることになった。簡単な女と思われていても、アレクサンドルは初めて愛した人だった。堰をきったヴェロニカの孤独な心の告白は、まるで永遠に終わりが来ないかのように、いつまでもいつまでも続いた。

ヴェロニカがひとしきり泣いた後、マリーの態度は不思議なほど冷淡になっていた。彼女の言葉に耳を貸そうとしない。ベロニカはアレクサンドルに病院まで送ってくれるよう頼んだ。おやすみだけを言うとマリーは背を向ける。そして2人が出て行った後、エディット・ピアフの「恋人たち」を聞きながら両手で顔を覆い、そのままじっと動かなかった。ベロニカを送って行ったアレクサンドルは、ヴェロニカの激しい拒絶に会う。ベロニカは妊娠したことを告げると、部屋の前でアレクサンドルを追い払った。彼は1度は車に戻ったが、瞬間、啓示を受けたかのようにはっとして、とって返す。ベロニカは、合鍵を使って勝手に入ってきたアレクサンドルに食ってかかったが、やがて狂ったように笑い始めた。彼はベロニカを押さえつけ、声を張り上げてプロポーズする。

気持ちが悪くなって大量の酒を嘔吐するヴェロニカの傍に崩れるように座り、アレクサンドルは絶望とも諦めともつかぬ憔悴した表情を浮かべていた…とがっつり説明するとこんな感じで、財産といえば言葉しか持たない貧しい若者が働きもせず年上の女性の部屋に居座り続け、かつての恋人に結婚を断られた日に、カフェで若い女に声をかけてしまう。そこから淡々と3人の奇妙な生活を描いた無職でいつもカフェに入り浸っている若者とママのような年上の女、そして娼婦のような若い看護師の三角関係を描いた強烈な青春映画である。そこには、またアナーキーで破綻をいたわなくなったユスターシュの青春が永遠に息づく感じのモノクロ220分作品だった。

ここからは物語の印象的だった部分を説明していきたいと思う。まずこれDVDだが、画質はVHSレベル。正直驚いた。確かユスターシュはロメールの短編「モンソーのパン屋の女の子」に市場の通行人役で一瞬登場していると思う。この作品を見るとユスターシュはピューリタニズムを秘めてるなと感じる。この作品の主人公は、いわゆるヒモなのだが、普通にカフェに行く際の服装はおしゃれで、どこかしら気取っていてむかつく(笑)。この作品のタイトルが凄く挑発的なのは、母性と売春にこだわって作ったからなのだろう。確か監督はこの作品の当初のタイトルを「パンとロールス・ロイス」にしていたと思う。女性の置かれている状況や、2つの極端な立場である母性と売春に抱かれた男の平凡な数日間をここまでセンセーショナルに描いたのは凄い。

この作品上映時間に対する不安の声が結構上がったようだが、とりわけドイツではかなりヒットしたそうで、当時の予算は200万フランだったが、最終的には740万フラン=約4200万円で、予算や技術が充分でなければ、いろいろなことを考えだすものだと監督がインタビューに答えていた。でも個人的にはぶっちゃけ結構な予算かかってるなと思う。正直そんなに予算かけなくても作れそうなほぼほぼワンシチュエーションの作品なのにもかかわらず、結構な値段いってるなと思う。こう考えるとアートシアターギルドの2千万映画がすごいなと感じてしまう。「ママと娼婦」は他者の視線に対する強化される自己への姿勢を強調させており、異なるこだわりを持った戯れを描いていて、ロメールのすべての映画は、ある仮説もしくは前提の提示によって始まっていたが、この作品の発展は矛盾させるために用意られていて、ユスターシュの特異性が際立つ。

少なからずこの作品を見ると、監督はゴダールをかなり意識しており、断絶、音、映像それに繋ぎ、情熱に対するゴダールのあらゆる作業が見てとれた。伝統主義者なんだろう。この作品はリベットの「狂気の愛」やクレイマーの「マイルストーンズ」オリヴェイラの「運命の愛」といった90分程度の映画とはうってかわり、この映画の展開する間は、主要人物を交代させることによって観客の興味を持続させ取り戻すことに成功している作品だなと感じる。そこが画期的であり監督の凄い所である。それから彼の作品のレパートリーが非常に興味深い。歩きながらのーつの伝統的な場所を始め、少年と少女のロマンティックな動きのレパートリーから、彼らの間に保持される距離、はじめての口づけ、監督が忠実に記録した数あるフランス人の儀礼に含まれていると思う。ナルボンヌの街をぶらつく男たち、さらにはパリ16区のカフェでのおしゃべりなどあらゆるある種のフランス人の儀礼がこの作品の核心となっているように見える。

それは「ぼくの小さな恋人たち」から短編映画までに至る。ユスターシュ監督の映画を見た人と非常に語りたいなと思わされた。ところで、ユスターシュの傑作を今回短編を含めて6本見たのだが、どれもフランス南西部出身の映画作家に分類されるべき独特の映像とスタイルが特徴として見られた気がする。それは、セックスと挑発とスキャンダルが重要視されており、主人公を通じて表明される個人主義の肯定、その主人公はしばしば個人的な危機の状態にあり、社会の周縁に位置づけられている。それから子供もしくはティーンエイジャーの存在である。あと地方の街の風景の描写が垣間見れた。この南西部の映画的文化はあまり知られていないと思うが、いわゆるカトリーヌ・プレイヤでアンドレ・テシネ、ジャック・ノロ、パスカル・カネなどもその特徴が見られているような気がする。それにピアラもぼくの…に、ちょい役で出演していたピアラの傑作であり、いまだに日本ではソフト化もされてないのが不思議な位の名作で「裸の幼少期」(クライテリオンからDVDは発売されている輸入盤だが)と言う作品があるのだが、その作品が非常に多くの類似点を見つけられた。監督はきっと彼のことを敬愛しているのだろう。


最後に余談だが、この監督のインタビューを聞くと、結構毒舌で笑ってしまう。とりわけ最も偉大な映画監督はジャン・ルノワールだけで、他に感心する監督は誰1人いないとの事。さらに近年では(彼が生存していた頃)最も好きだった作品の1つにジャック・ロジへの「オルエットの方へ」だったそうだ。それから彼が見た2時間20分しかない「時計じかけのオレンジ」(キューブリックの作品)がすごく良かったが、決して好きと言うわけではなく、上映時間が長いのが良かったそうだ。どうやら、彼のテーマは時間にあるようで、長時間の作品じゃないと好まないみたい(笑)。インタビューでは、テーマを3分に凝縮させたりしたら何も起こりません。自分にとって決めかねる瞬間を撮るには多くの時間が必要だった…と話していた。なかなか面白い人だ。それからこの作品はレオーのために脚本を書いたとの事。本当は好きだった女優を主人公にしたかったそうだが積極叶わなくて、諦めたそうだ。

それから最初に述べた通り、彼は43歳の若さでピストル自殺しているが、彼の自宅の扉の外には(死者を起こすにはドアを強くノックしろ)と書いた紙が貼り付けてあったそうだ。彼の自殺の理由は、80年代から体調崩してしまって、それでもいくつかの作品を抱えながら尽力していたが、ついには気力をなくしてしまって自殺したとされている。ちなみに彼と同様に自殺したフランス人映画作家の名前を挙げると、ジャン=フランソワ・アダン、ユーグ・ビュラン・デ・ロジエール、クリスティーヌ・パスカル、クロード・マソ、パトリック・オリニャックなどである。私の知る限り…。それからこの作品の女優3人の証言によると、まずベルナデット・ラフォンは、実質監督の作品には2週間程度しか関わっていなかったそうだ。色々と喧嘩をして対立して、もううんざりだと思って、途中で抜けてしまったそうだ。でも途中で抜けても大きな違いはなかったと話していた。それからブレッソンの「白夜」(ちなみに私の大好きな彼の作品の1つ)出演していたイザベル・ヴェンガルテンの証言によると、彼は一切の脚本などをくれなかったそうだ。そしてどうしてもブレッソンの映画に出ていた女優をなんとしても使いたかったそうだ。

それと1998年1月のヨニック・フロによるジャン=ピエール・レオーのインタビューで、トリュフォーは僕の父、ゴダールは僕の叔父、ユスターシュは僕の兄ですと答えていた。長々とレビューをしたが、まだ見てない方はお勧めする。あ、そういえばユスターシュとフィリップ・ガレルの作風は全く極端に分かれているなと感じた。確かガレルの作品の「愛の誕生」の中で、ルー・カステルが、あるアパルトマンの窓を見上げて、あれがジャン(ユスターシュ)がピストル自殺した部屋だと言う場面があったな…。
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