カツマ

ゆれるのカツマのレビュー・感想・評価

ゆれる(2006年製作の映画)
4.5
苦しみが刃のように突き刺さる。それは諸刃となって、お互いの心の芯を突き立てる。近いからこその劣等感、知りすぎているからこその猜疑心。似ている部分、似て非なる部分。それらは交錯し、かつて絆と呼ばれた糸を哀しいほどにほつれさす。差し伸べる手を振り払い、その手は悶えるように虚空となった。吊り橋のようにそれは揺れ、目を背けるように足元に亀裂を入れた。

西川美和監督による長編二作目となる本作は、彼女の名前を一気にメジャーにした作品として、今なお高い評価を受けており、同監督の代表作と呼んで差し支えはないだろう。オダギリジョー、香川照之の二人が演じる兄弟劇は、その距離感を露わにし、切ないほどのすれ違いを現実的なまでに直視させる。兄弟がいる人ならば共感できるであろう、それぞれの違い、それぞれへの想い。それは言葉にするにはあまりにも不恰好で、苦しいほどに切なる願いでもあった。

〜あらすじ〜

カメラマンとして東京で成功した早川猛は、母親の法事に出席するため、久方ぶりに帰郷した。その途上、猛はガソリンスタンドで働くある女性に目を止める。女性も猛に気づいたようだが、彼女の姿はサングラスの暗幕となって置き去りにされた。法事の会場に到着すると、兄の稔が猛に優しい声をかけた。その後の酒の席でも家族に細かい気遣いをする稔を見て、猛の心中は複雑であった。案の定、猛は父と口喧嘩しては、お酒の席を濁したりと、場の空気を悪くした。
稔は父と共にガソリンスタンドを経営していて、猛が立ち寄ったのもその実家経営のスタンドだった。そこで働く女性、智恵子は猛とかつて深い仲にあったが、今は稔の意中の人にも思えた。一人の女性を隔てて兄弟が揃う中、稔は、猛、智恵子と3人で幼い頃によく訪れた渓谷に行こうと持ちかける。猛は気が進まなかったが、その夜、智恵子と再会し、情事に拭けると、彼女が未だに自分のことを引きずっていることに気付いて・・。

〜見どころと感想〜

微妙な機微。分かっているからこそのすれ違い。兄弟、という関係性が大人になった時のその心情を、絶妙な筆致で描き出した作品だ。弟は田舎に縛られながらも勤勉に働く兄を慕い、兄は東京で活躍する弟に気を遣いながらも、その人生に嫉妬した。その感傷が一つの事件をきっかけにして、ユラユラと揺れる。揺れ幅はアクリル板一枚を隔てた画面内で言葉となって具体化され、そのまま嘘となって真実を語った。

兄弟役を演じたオダギリジョー、香川照之、共に完璧に役柄にフィットする見事な演じっぷり。特に兄を演じた香川は、弟への愛憎入り混じる感情を後半に向かうにつれて表現し、この映画に怪演というサプライズをもたらした。香川自身もこの役柄には自らと重ね合わせる点が多いらしく、そういう意味でも不気味なほどの気合いが入っていたように思えた。他にも伊武雅刀、蟹江敬三といったベテラン勢は盤石。そして、田舎に残った人生に一物を抱える智恵子役の真木よう子は、兄弟の合間で揺れる感情をダイレクトに演じてみせた。

そして、今作の見どころは何といっても西川監督のカメラワークや画面の表現技巧にある。確信のシーンを見せずに暗喩的な表現で伝える画面構成が冴え渡っており、特に橋の上に置き去りにされたように見える兄、稔のシーン。そして、その後、救急車が山間部を無音の中で走る場面、靴が流れるシーンなど、多くを語らずとも伝わる表現方法には、監督の類まれなるセンスが内包しているように思える。

オープニングのシーンも最高で、まるで西部警察のようなレトロさが魅力的。音楽の使い方もお洒落で、古き良き日本映画の香り、そしてヨーロッパ映画のような過度な説明を排した表現方法が、監督の掌の上で見事に結合している。この映画がオリジナル脚本という点も凄まじく、ストーリーテラーとしての巧さにも舌を巻く作品でもある。
そんな監督の才能溢れるドラマに没入しつつ、あのラストカットの先にどんな結末が待っているのか、渓谷の狭間で揺れる吊り橋は今もまだ揺れているのかと、ふと思い出してしまう、兄弟の絆の在り方を懐かしく回想するような作品でした。

〜あとがき〜

西川監督の代表作、見よう見ようと思いながら10数年、ようやくの初鑑賞です。自分も弟がいますので、どちらかと言うと兄の方に感情移入してしまった向きはあります。兄弟だからこそ言えないことって案外多くて、それなのに相手のことがほぼ完璧に理解できたりする苦しさ、切なさ、そして、悔しさ。それらを通り越した後に二人がどんな地平を見るのか、ラストまで展開を読ませない脚本が冴え渡っていましたね。

余韻はただそこにあって、じんわりとした後味を残す。それは良い映画としての証明で、やはりこの監督の作品は特別なのだろうと思わせるに足る一本でしたね。吊り橋のシーンが何度もフラッシュバックしては離れない。あの時、咲いていた花はあんなに美しく見えたのに、もうそれすらも忘れていってしまうのでしょうね。
カツマ

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