茶一郎

ライアンの娘の茶一郎のレビュー・感想・評価

ライアンの娘(1970年製作の映画)
4.2
 海岸、断崖絶壁、波打ち際の先に色彩を欠いた丘、そしてさらに先には寒々しい田舎の貧困村。この決して豊かとは言えないが、美し過ぎる完璧なロケーションだけでデヴィッド・リーンの映画を見ている最大級の至福を味わえます。
 舞台は1916年のアイルランド。反イギリス蜂起が失敗して間もなく、独立運動家はドイツから武器を密輸して再度、蜂起を試みていました。今作『ライアンの娘』は、革命の兆しが垣間見えるこの時代に、自身の愛を貫いたアイルランド人女性・ロージーと、彼女を受け止める二人の男性、一人はアイルランド人のベテラン教師チャールズと村を訪れたイギリス軍隊将校のランドルフ、この3人の三角関係を描きます。

 『戦場にかける橋』、『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』と三連続の大作映画でゴールデングローブ・作品賞を獲得するなど絶好調のデヴィッド・リーン監督が、『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』と続き、さらに『ドクトル・ジバゴ』ではアカデミー脚色賞を受賞するなど、これまた絶好調であった脚本家ロバート・ボルト氏と再びタッグを組んだ作品がこちら『ライアンの娘』。
 デヴィッド・リーン監督は今作において、大スペクタクル作品から抜け出した「感動的で個人的な関心をもとにした単純な物語」を目指す試みがあったという。その試み通り、この『ライアンの娘』は監督初期の大傑作『逢びき』と似たような女性個人の映画である一方、人物より「風景」、「風土」が語る監督の近作にも通ずるスペクタクル映画の要素も兼ね備えている作品に見えます。
 寒々しい閉塞的な環境と革命前後の終末感あるアイルランドを舞台に設定しておきながら、マイケル(演じたジョン・ミルズはアカデミー助演男優賞を獲得!)を筆頭とした豊かな登場人物、前述の美しいディングル半島のロケーションより、テイストはコミカルで明るい、清々しく感じられるような後味すら感じます。

 三角関係・不貞をここぞとばかりに攻撃する村人たち。閉塞的なコミュニティから剥き出しになる恐怖を感じながら、これは有名人の不倫や浮気、別居など第三者が関与すべきではない一線を越え、「他者の寝室事情」をネタとして消費しようとする今の日本のマスメディアと、そのネタを嬉々として受け止め続ける観客の構図と全く違いないことに二重の恐怖を覚えました。
 海岸沿いを画面から遠く離れていく二人の背中を見て、個人の感情、特に「愛」に合っているも・合っていないも、正しいも・正しくないも存在しないと思い知らされます。
茶一郎

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