素晴らしい、家父長制下と男尊女卑社会の中で何故男達は狂っていくのかが端的に描かれていく。成果の出ない仕事、老いていく肉体、家族との不和、隣人への嫉妬。過去の栄光に縋るしかなく、あまりにも息苦しい現在時制に妄想とフラッシュバックがシームレスに入り混じってくる過程はホラーでしかないし、電車の中でぶつぶつと呪詛を唱え続けるサラリーマンおっさんの正体が掴める。息子は息子で家族と距離を置きながら、やはり「長男」として男とはこうあるべきの規範の中でもがき苦しみ、不義を働いた父をそれでも捨てきれず、結局は挫折感と共に自分を卑下し続けながら腐っていく。過度な期待は大きな絶望として返ってくる、家族を維持する為に個人は犠牲となり、狂っていく男達を前に母もまた全てを諦めていく。自らの生命と引き換えに手にする自分では稼ぎようも無いであろう大金、泣けないのと嘆きつつ全てが無意味であったと悟る母の涙が全てを物語る、誰も来ない葬式、ローンを払い終えた家に住む者はいない。男性的なヘゲモニーの影で人知れず死んでいく「敗者」の悲哀。