HollyGolightly

カポーティのHollyGolightlyのレビュー・感想・評価

カポーティ(2005年製作の映画)
3.7
若くして有名になりアンファン・テリブルと呼ばれた作家カポーティだけど、晩年は創作にすごく苦労した。「神が才能を授けるときは、鞭も授ける。その鞭はもっぱら自分を打つためのものなのだ」

カポーティはとても洗練された文章で人の心を痛めつける。怪我をした野生動物を保護して、世話をして、とても大事に思っていたのにある日気づいたら消えていた、みたいな痛み。
または、久々に会える母親が喜んでくれるだろうと思ってわくわくしながらお茶会の準備をしたのに、「こんな馬鹿げたものは見たことない」と言われた幼いカポーティの痛み。
私がカポーティの書くものが何より好きな理由はそういう純粋な痛みにあるんだと思う。子どもの頃に感じた喜び悲しみを大人になっても捨てきれない哀しさ、それをカポーティはよくわかってる。意地の悪い大人に傷つけられた子どもが、歳を取っても切なさを抱えて生きる哀しさ。

カポーティの幼少期は、映画でも語られていたけどあまり恵まれたものではなくて、母親に居場所を転々とさせられたあげく捨てられたようなものだった。20代でベストセラー作家、美少年、当時は珍しかったオープンなゲイ、アイコニックなセレブリティになったのもつかのま、スランプに陥り周りのセレブたちとも対立するようになる。
そんな中、心機一転、きっとこれなら書ける!と実際に起こった殺人事件のノンフィクション作品を書くために犯人に取材し始めるカポーティ。
それが小説「冷血」だけど、冷血なのはカポーティ自身のように見えるような映画だった。(でもそれはこちら側が犯人に肩入れしてしまうような描き方だったからであって、実際殺人犯であることに変わりはないんだよな)
でもさすがに犯人の死刑に立ち合ったことはカポーティに大きなショックを与え、苦しんだらしい。

追記
カポーティは、小説の多くに幼少期の体験や思い出をつめ込んでいる。若い時は次から次に書けていた物語も晩年には書けなくなったのは、書くことで昇華していた幼い頃の痛みを、若い頃ほどは思い出せなくなったからかもしれないと思った。
「クリスマスの思い出」はカポーティが自身の書いたなかで1番好きだという作品で、彼の歳の離れた従姉妹がモデルになっている。従姉妹には発達障害があり人付き合いがほとんどない中、カポーティのことはものすごく可愛がり、カポーティも唯一彼女にだけは懐き、とても仲が良かったらしい。
ただでさえ哀しい物語なのにモデルがカポーティ自身だと知ってしまったのでとても辛い。
カポーティに会ってみたかった。カポーティだったら、子どもの時に受けたなんてことない傷を、でも切ないよね、ってわかり合えたかもしれないのに。

「ティファニーで朝食を」と「クリスマスの思い出」だけはこれからもずっと私を何度も泣かせると思う。