Kensho

幻の光のKenshoのレビュー・感想・評価

幻の光(1995年製作の映画)
4.5
思えば、前半部分で踏切のバーが落ちるギリギリに線路内に滑りこみ、そこから家路の曲がり角まで全速力で自転車を漕ぐ浅野忠信は、曲がり角で過ぎゆく電車を見ていた。

『歩いても 歩いても』という作品が、偶然撮れてしまった作品だと穿った見方をしていた自分を強く呪いたいと思うほど、しなやかな映画的感性に彩られた傑作。

小津よりも成瀬の影響を公言する是枝裕和は例えば、転がった電球を映すがしかし(それはまるで『女が階段を上る時』のコップが流転するショットのようである)、小津的な誘惑からもまた逃れられない。小津的なものから離れようとする是枝監督は最後の抵抗として、画面中央にいる工場を覗きこむ江角マキコを小津的なものより少し遠めから映すだろう。

それにしても、やはり『万引き家族』の雪の積もる夜の俯瞰ショットに見られたように、印象的なロングショットばかりだった。これが是枝的なものなのかと。それはなるほど、過ぎゆく電車と並列した形で歩く江角マキコであり、海へと向かう漁船であり、ただ電車が過ぎる空ショットであり(その電車が過ぎ去った後の間こそ、まさに小津的である)、炎の燃え盛る海辺であり、俯瞰で映された吹雪(これは明らかに人工的である)の中の葬列の一行のように、何か記号的なものと意味的なものの間を漂うような、心地よい薄気味悪さであり、是枝的ペシミズムである。

この恐ろしいショットをおさめた是枝裕和と中堀正夫には驚倒せざるをえない。
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