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ディア・ハンターのTakaCineのレビュー・感想・評価

ディア・ハンター(1978年製作の映画)
4.8
【憤りより哀しみ】
僕はこの映画を擁護します。
アカデミー賞5部門を受賞している作品ですが、前半の長々と続く青春群像、やっと戦場になったと思えば戦闘シーンや銃撃戦がほぼなし、代わりの強烈な「ロシアンルーレット」…など戦争映画らしいフォーマットから外れているためか、どうも否定的な意見も公開当時から多かったようです。

戦争映画の名作と言われる『プラトーン』、『フルメタル・ジャケット』、『プライベート・ライアン』における戦闘における恐怖、暴走、葛藤、狂気、悲惨、不条理、後遺症などを克明に描いた作品群に比べたら、メロドラマすぎ、センチメンタルすぎと言われそうなほど、主役たちの物静かだが傷付いた心情描写が多く(沈黙や微かな眼差し)、観ている内に彼らの哀しみが心に突き刺さり、最後には切ない感情に押し潰されてしまいました。主題曲「カヴァティーナ」が心に響きすぎて痛い。ラストに映し出される笑顔…これが切ない😢

〈ごく普通の若者たちの日常〉
前半に描かれるペンシルバニアに住む若者たち(マイケル、ニック、スティーブン、スタン、アクセル、ジョン、リンダ)の青春群像。危険で過酷な労働(製鉄所)、代わり映えしない田舎の生活、仕事終わりにバーで酒を交わしビリヤードを興ずる至福の時、「君の瞳に恋している」の大合唱(この場面が好きだ)、美しい自然の中での鹿狩り…平穏で素朴な日常風景と、男たちの荒っぽい熱い友情が印象的です。

出征前のロシア正教会による結婚式や壮行会。コロブチカやロシア民謡「カチューシャ」から流れるロシア移民の誇りや愛国心。戦争に行く不安や恐怖より名誉(英雄的行為)を重んじる風潮。正直、僕の世代では理解出来ない感覚。

前半は家族や仲間といったコミュニティの絆、国家に従事する愛国心、男としての名誉を大切にする想いを丁寧に描いていきます。

1時間以上かけて、ごく普通の日常を描くので長すぎる向きはありますが、職業軍人ではない一般の若者たちが「ベトナム戦争に従事したばかりに、人生が全て狂ってしまう」過酷な現実は十二分に理解出来ました。

〈戦慄なロシアンルーレット〉
出征したのは、マイケル、ニック、スティーブンの3名。

突如、ベトナムに場面が切り替わり、女子供も簡単に虐殺される戦場に放り込まれ、捕虜になってしまいます。そこで行われていたのが、殺人ゲーム"ロシアンルーレット"。

ロシアンルーレットの残虐性(命をゲームにする)があまりに衝撃的で、初鑑賞時はちょっとトラウマになりました。目の前で頭を撃ち抜く姿を見たら、そして自分で頭を撃ち抜く恐怖を感じたら…絶対に発狂しますよ😰!!

この場面が怖くて観ない方もいるかもしれませんが、この映画が伝えたいのは恐怖より背負いきれない「哀しみ」です。

今回も凄く観るのに苦痛でしたが、最後まで観て本作の価値を感じました。

この場面は、アメリカ最高レベルの俳優たち(デ・ニーロ、ウォーケン、サヴェージ)の素晴らしい緊迫した演技力によって、感情を激しく揺さぶられました。鹿を銃で殺していた彼らが、今や自らが銃で殺される立場を体験しているのです。怒りと屈辱と恐怖と後悔と体力の消耗との戦い。

〈心の闇〉
詳細は書けませんが、マイケル、ニック、スティーブン3名とも、戦争によって精神的もしくは肉体的に深い傷を負ってしまいます。

壮行会で出会った軍人の「クソだ」という意味がちょっと分かったような…死を間近で感じた者にしか分からない心の闇。軽々しく近づいてきた(戦争を知らない頃の)マイケルたちに腹が立ったのでしょう。

「てめえに銃を突きつけられる恐怖が分かるか?」

「人を殺す罪悪感の苦しさが分かるか?」

本作は、当事者と周りの人々の戦争によるPTSDを描いた映画だったんですね。戦争で全てが一変してしまいました。

一番PTSDが重かったニック。
サイゴンでのマイケルとの再会。

その後の悲劇(あの場面は、デ・ニーロとウォーケンの即興演技です!凄すぎる!)。

戦争で死を体験した人間は、体験しなかった無垢な頃には戻れない。『アメリカン・スナイパー』の心の闇を思い出しました。

〈哀しみは堪えるしかない〉
最後に歌われる「ゴッド・ブレス・アメリカ」。国を讃える歌をなぜ最後に歌う?と、初鑑賞時に違和感を持ってました。

国のために人生狂わされたでしょ!

戦争に行かなければ、誰もが傷付かなかったでしょ!

と悶々としてましたが、これは「怒り」や「憤り」より、「祈り」であり「鎮魂歌」なのではないでしょうか?

誰もが押し寄せる哀しみに堪え、一人では抱えきれない臨界点を越えた時、先に堪えられなくなったジョンの歌から皆に拡がって合唱になります。

凄く切なかった。
一般市民は堪えるしかないのか?

僕は憤りを凄く感じてしまって、最初は納得出来なかった😢

今回は、国に逆らうなど毛頭ない人々からしてみたら、哀しすぎるけど堪えるしかない苦渋の選択に見えました。

それを思うと、涙が止まらなかった。

国に従事した者への哀悼ゆえに、「ゴッド・ブレス・アメリカ」なのか。

犠牲の上で成り立つ世界。

これこそが「クソ」です(表現が汚くて、ごめんなさい)!

1960年代の中頃から、ベトナム戦争への反戦活動が各地で活発化していきました。

〈最高の演技〉
ロバート・デ・ニーロ
(エモーショナルな演技、彼の演技で1番好きです)
クリストファー・ウォーケン
(繊細で壊れやすい演技、美男子)
ジョン・カザール
(出てるだけで大好きでした)
ジョン・サヴェージ
(神経質で暗い表情)
ジョージ・ズンザ
(笑い顔と泣き顔と歌)
メリル・ストリープ
(美しさと抜群の感情表現)

世界最高レベルの演者が若い頃に、実力を見せつけた作品です。

更にエピソードを知っていると泣けるんですが、カザールは撮影前から癌を患い降板されそうだったのを、デ・ニーロとストリープ(当時は彼の恋人)が「彼を降板させたら、自分らも降板する」と抗議をして食い止めたそうです。

カザールは公開前の1978年3月12日に亡くなりました。『ゴッドファーザー』、『狼たちの午後』の得難い個性的な俳優さんでした。

みなさん、アンサンブル演技が素晴らしかったです!

〈映像の素晴らしさ〉
本作を観たきっかけは、演技派俳優共演と、ビルモス・スィグモンドが撮影をしていたからです。

『未知との遭遇』、『ロング・グッドバイ』の素晴らしい映像センスは、本作でも遺憾なく発揮されています。チミノ監督と場面コンセプトを綿密に打ち合わせをして創造された映像は、どの場面でも美しく繊細でリアルで雄弁です。監督直々のオファーだったようですが、さすがと思いました。

例の如く、長文になってしまいましたが、僕はこの映画が大好きです。と言っても落ち込むくらい心を揺さぶられるので、気軽には観られません。何年に1回はしっかり観たくなる心に訴えかけてくる作品です。

今、劇場公開をしているので、ご興味のある方は良い機会と思います😊

http://cinemakadokawa.jp/deerhunter/
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